どんな不条理でも、私は闘わない――風吹ジュンの選択
2023.09.142023年09月14日
【シリーズ|彼女の生き様】風吹ジュン#5
かよわい女はドラマの中だけ…心と体をタフにする習慣
今の暮らしを維持しながら楽しみたいことがいっぱいある。 だから諦めずに心も体をしっかり使い続けていきたいですね
人に頼らず生きるには
タフさが必要だった
どうも私は、すごく誤解されているなあと感じます 。ドラマや映画の仕事では、弱い役や泣く役ばかりきて、こんなふうにしか女性を描けないのかなと思いながら演じることがあります。女性はそんなに弱くない。弱いと思いこみたい男性が書いた脚本は残念だなって。
実際の私は、精神面も体力面もすごくタフです。自分でいうのもなんですが、車の運転もうまいし、運動も得意だし、力もある。子どもの頃から人に頼れる環境ではなかったから、タフさが必要だったというのはありますね。
50代になった頃から、いわゆる「いいお母さん」の役をたくさん演じてきて、正直、世間のイメージに乗って仕事をしていた時期もありました。でも70代になった今、いいお母さんじゃない、全然違う個性的な女性を演じてみたいと思ってるところです。
人は自分の鏡。
笑顔で接すれば、相手も笑顔になる
実はここ何か月か、仕事と孫の育児の両立をがんばっているんです。息子夫婦が引っ越しや転職で大変で、「ここはやっぱりおばあちゃんの出番」ということで、昨日も保育園と小学校の学童保育のお迎えに行ってきました。
孫と時間を過ごすと、コミュニケーションの大切さをあらためて感じます。経験を重ねた大人同士だと、お互い言葉をかわさなくても、何となくわかったつもりになっちゃいますが、子ども相手だとそうはいきません。「どうしたの?」「どっちに行きたいの?」と、一つ一つ言葉をかけて、ゆっくり聞き出すことで、ようやく心の扉が開いていく。ちゃんと目を見て会話をすることがとても大事です。
そして好意を示すために、笑顔で話しかけること。最初から笑顔で接すると、子どもでも初めて会った人でも、心を許してくれるものです。
海外や登山では、知らない人同士でも笑顔であいさつしますよね。だけど日本人は街中だとバリアをつくって、笑顔がすっかり消えてしまう。それはとても残念なことです。笑顔ってコミュニケーションの基本だと思うので、私は普段からどんな人にも笑顔で接するようにしています。人は自分の鏡であって、こっちが笑顔でいれば、相手も自然とそうなる。自分が心を開かなければ、人からも心を開いてもらえません。
買い物に行くことが、
心と体の筋肉を鍛える
老いは誰にでも平等に訪れるもの。タフな私も、このところ体の老化を自覚するようになりました。実は10年くらい前に、高いステージから落っこちて、腰の骨を痛めたことがあるんです。そのせいか、数年前から脊柱管狭窄症のような症状に悩まされています。それから右肩の腱を半分断裂していて、何かの拍子にひどい痛みが走るんです。
痛みをやわらげるには、そのまわりの筋肉を鍛えることが一番いいと聞いて、続けているのが「ジャイロトニック」。木製のマシーンを使ったエクササイズで、体幹を鍛え、体の可動域が広がるように調整しています。
もう一つ、実は歩いて買い物に行くことが、心と体の筋肉を鍛えるためにとても効果的だと私は思っているんです。
例えば、心も体も疲れ切っている日。買い物に行くのはおっくうにしか感じられないものですが、エイッと勢いをつけて歩き始めると、意外と力が出てくる。ゆっくりダラダラ歩いていると、疲れに敏感になってかえって体力も気力も消耗するので、「早くスーパーに着きたい!」と心を切り替えてずんずん歩きます。すると、いつの間にか心も体も元気になってくるから不思議です。
体はちゃんと使えば喜んで、
もっと使えるようになる
少し負荷をかけてあげた方が、体が喜ぶと知ったのは、60代で登山を始めてからでした。還暦の年、故郷の富山で開かれた同窓会に参加したら、同級生にプロの登山家がいて、「みんなで山に登ろう」という話になって。立山連峰の雄山に登ったのが最初で、67歳のとき、北アルプス剱岳にも登りました。
山に登っていると、足が重いし、息が上がるし、やっぱり苦しいんですね。それでも一歩、一歩、足を踏み出し続けていると、ふっと体が軽くなる瞬間がある。そこからはどんどん前へ進めるんです。
体はちゃんと使ってあげれば喜んで、もっと使えるようになる。登山を始めてから、人間の体ってこんなふうにできているんだと、発見することがたくさんありました。
これから先、どんなにがんばっても確実に老いは進んでいきます。でも、私にはまだまだ登りたい山があるし、今の暮らしを維持しながら楽しみたいことがいっぱいある。だから諦めずに心も体をしっかり使い続けていきたいですね。
取材・文=五十嵐香奈 写真=鈴木宏 構成=長倉志乃
映画『658km、陽子の旅』
監督:熊切和嘉
出演:菊地凛子/竹原ピストル/風吹ジュン/オダギリジョー
ユーロスペース、テアトル新宿 他全国順次公開中
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
『658km、陽子の旅』映画公式サイト
【シリーズ|彼女の生き様】
風吹ジュン《全5回》
風吹 ジュン
ふぶき じゅん
1952(昭和27)年生まれ、富山県出身。74年歌手デビュー、翌75年「寺内貫太郎一家2」で女優デビュー。数々の映画、ドラマ、舞台で活躍。91年には「無能の人」で日本アカデミー賞助演女優賞を受賞。代表作にドラマ 「前略おふくろ様」「岸辺のアルバム」「阿修羅のごとく」「半分、青い。」「やすらぎの刻~道」、映画「魂萌え!」「海街diary」など。