オリンピック、時の流れの中で

あさの君

公開日:2021/09/16

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一つ前の東京オリンピック、日本が動いていたときのことです。

あさの君

一つ前の東京オリンピック

この夏は開催自体が危ぶまれたオリンピックでしたが、過ぎてみれば波の引いた砂浜のようです。一つ前の東京オリンピック、私は小学5年生、おかっぱ頭の女の子。東京では当時の6年生はオリンピック競技を見に行くことができました。うらやましいなと思った覚えがあります。

転校生あらわる

転校生あらわる

あの数年前から東京は目覚ましく変わっていきました。

どんどん姿を変えてビル群が立ち並び、道路が建設されていきました。当時、東京都内の神田川の流れる街で暮らしていました。目白台と早稲田のちょうど間の下町です。今思えば貧しい人たちが自然体で暮らしている街でした。

その頃、2年おきくらいに転校しては去っていき、また転校してくる男の子がいました。名前は「浅野君」。坊主頭で色黒、やせ形、何回転校してきても着ているものが夏でも冬でもいつも同じシャツに半ズボン、そして素足。

浅野君は、ビル建設現場で働くお父さんの勤務地が変わるたびに転校する生活をしていました。ビル建設現場に併設される飯場という簡易住宅に住み、お母さんはそこで食事担当をしているとのことでした。

転校生は物珍しさですぐに友達ができます。私も浅野君と帰り道が一緒でよく遠回りし、道草をくいながら帰りました。「寄っていく?」と言うとうれしそうにうなずいて、よく我が家に立ち寄りました。

我が家も貧しいアパート暮らしでしたが、母も一緒に浅野君に紅茶を勧め、お菓子を出しておしゃべりをしました。ひと時おしゃべりが済むと、母は私と浅野君の手に10円玉を握らせてくれました。

その当時、10円は子供の一日のお小遣い相当額です。そんなとき、浅野君は細い目を大きく見開いて「おばさん、もらってもいいの、ありがとうございます」とうれしそうです。

浅野君と二人で神田川を渡り、都電電車の走る早稲田の通りに行き、古本屋の店先でマンガを物色します。マンガといっても少年雑誌の付録についているA4の半分ほどの小型の冊子、一話完結のマンガが4冊で10円でした。

二人で時間をかけて、いつまでも店先でマンガを選んでいました。浅野君は、「このマンガは宝物にするよ」と言っていました。

夕焼けの空

夕焼けの空

神田川沿いの江戸川公園の石垣に座り、二人で足をブラブラさせて早稲田方面の街を見ていた夕方でした。建築途中の大きなビルを指さして浅野君は、「あのビルが見えるだろう、あれがお父ちゃんが造っているビルなんだ」と言いました。

「すごいね、大きいビルだねぇ」と夕焼けに赤く染まっていく街を見ていました。

石垣の上に立ちあがった浅野君は、口元に手を当てて大きな声で夕焼けの街に向かって叫びました。「おとうちゃ~ん」

何度も叫ぶ浅野君の声と夕焼けの空がはっきり残っています。その後すぐに浅野君はまた転校して去っていきました。

オリンピックと聞くと、なぜか浅野君の声と夕焼けの空が思い出されます。

 

■もっと知りたい■

富士山の見える町で暮らす元気な67歳。半日仕事をし、午後はジムで軽く運動。好きなことは絵画を見ることと針仕事。旅先の町で買い求めた布でポーチやバッグを作っています。雨の土曜日は映画を観て、晴れた土曜日には尾根道を3時間ほど歩く。楽しいことが大好きです

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