私の挑戦(1)

広島観光ガイドになります

ハルトモ俱楽部 ハルトモ俱楽部
広島観光ガイドになります

私の人生最期の挑戦です。初めは気楽に構えていたのですが、次第に「これは大変だ」と思うようになりました。そんな私の悪戦苦闘の記録です。

きっかけは新聞記事

昨年(2023年)9月初め頃、地元の新聞に「広島案内ボランティア不足、増える依頼 受け入れ断念相次ぐ」という記事がありました。

記事を読むと、広島の歴史や案内の技術を学ぶガイド養成講座(全6回)の募集をしているとのこと。

きっかけは新聞記事

広島平和記念公園は、観光旅行や修学旅行のまさにメッカです。コロナ明けで観光客の足が戻ったところに、G7で世界の注目をさらに集めるようになりました。原爆資料館への入館待ちの長い行列が、度々ニュースになっていました。

きっかけは新聞記事
原爆資料館の入館待ちの長い列

ふるさとの友人たちが広島を訪ねてくれた時、平和記念公園を案内するのですが、単なる道案内ではなく、その歴史や由緒も詳しく説明できたらいいなぁ、とかねがね思っておりました。

知識不足を痛感していたところでしたので、よーし、ガイドの勉強をしよう! と即断してしまったのです。

ガイドになるために

ガイドが案内するのは主に広島平和記念公園・広島城・縮景園の3か所です。広島平和記念公園には、世界遺産の原爆ドームや原爆死没者慰霊碑などたくさんの碑やモニュメントがあります。

広島城は平城(平地に建つ城)で、その工夫や歴史を学びました。縮景園は城主が造った大名庭園ですが、城外に造られた大名庭園は日本で唯一だそうです。

ガイドになるために

ガイドになるために

観光客の許容見学時間に合わせてコースを考える必要がありますが、私たち研修生はまず、全ての場所を確認し、その由緒の説明を受けました。

9月から12月までに6回研修があり、そのうち5回は現場で、すでに稼働している先輩のガイドさんの案内で歩き回りました。

知らないことをたくさん教えてもらい、これまで間違って覚えていたことにも気づきました。覚えなければいけないことが山ほどあり、正直なところ、最後までやり遂げる自信は初めからなかったのですが、自信喪失が増すばかり。

私はいつ挫折するだろうか自問自答していたのですが、なんとか修了までたどりつきました。受講開始時に59名いた受講者は、修了時には45名になっていました。

修了証書をいただきました

市長の名前で修了書をいただいたものの、研修はまだまだ続きます。ある意味では私はホッとしました。ここですぐに「一人立ちを」と言われたら、私はアウトです。

年があけて1月から3月までに12回の実践研修が組まれていました。続けるべきか、リタイアするか、悩みながら通い続けました。ここまで来たからあともう少しがんばろう、と自分を励まし、そしてようやく広島の観光ボランティアガイドになりました。

修了証書をいただきました
大やけどした被爆の「アオギリ」。翌年春に芽吹き、被爆者を勇気づけた、と言われています

私のモチベーションを維持したのは、親しい友人や家族をガイドしたいという思いでした。まだ実際に一人でのガイドデビューはしておりませんが、八十路の挑戦、なんとか達成できました。

■もっと知りたい■

とし古

とし古

祖母は60歳の頃、針仕事や寺参りを日課にしていました。母は70歳の頃不自由な体で家族のために働き趣味の書道教室にも通っていました。そして私はいま八十路を歩いています。体力・知力は衰えを感じますが考える事・感じる事は昔と変わらないと思っています。死ぬまでにやっておきたい事に色々チャレンジしたいです。

ライター記事一覧

RECOMMEND

関連コンテンツ

もっと見る

PICK UP

注目の記事

NEW

今週のアップデート