100日後にスッキリする

母と父の遺品整理スタート!!

公開日:2023.12.13

母、父と両親を続けて亡くし、さまざまな行事に追われていましたが、1年半を過ぎて、そろそろ遺品を整理することにしました。「100日後に遺品を整理して、スッキリ新年度を迎える」のが目標です。

親の終活をしないまま、自分の終活はできない

母、そして父と亡くなり、さまざまな手続き、相続、お墓のことなど、仕事をしながら一人で行ってきました。

ちょうど、手がけていた21冊目の斎藤一人さんの本も発売され、ひと段落したところ。

重い腰を上げて、遺品整理に取りかかることにしました。

SNSで流行りの「100日でやる」をまねして、私も100日で遺品整理を完了させたいと思っています。

遺品は、何より亡くなった人それぞれに思い出があり、処分したり、捨てたりするのは気が重いものです。それは、誰もが同じこと。

でも、いつまでも使わないものを保管しておくわけにいきません。子どもたちに残すわけにもいきません。

自分の終活を始める前に、まずは親の終活から始めなくては!

親の終活をしないまま、自分の終活はできない
父の本をどう処分するかが一番の悩みでした

母のアクセサリーは葬儀の日に形見分け

母の遺品の多くは、衣類と食器と写真。料理の仕事をしていた母は、使わない食器や料理道具がキッチンに埋め尽くされていました。

さらに友人のブティックを手伝っていたため、洋服、アクセサリー、さらに着物も山のようにありました。

施設に入居したときに、普段使いの洋服はすべて母の友人に分け、イミテーションのアクセサリーは葬儀の際に形見分けをしました。

それでも、まだまだ片付いてはいません。

母のアクセサリーは葬儀の日に形見分け
華やかな色のイヤリングは、葬儀の日に来ていただいた方に形見分けとしてお渡ししました

資源ごみ、買取業者、古本屋を駆使して本を処分

そして、問題は父の遺品。出版社で編集者をし、定年後は執筆業をしていた父は、何千冊もの本に囲まれた生活をしていました。

著者本もあり、自分の書いた本は10冊以上残していました。

こちらも病院に入るとき、床に置かれた本や机の上にあった800冊ほどの本は、2か月かけて、資源ごみの日に毎回少しずつ出しました。

しかし、本棚には貴重かどうかわからない本が、大量に並んでいました。

大事な本は写真に撮って思い出は残す

「100日でやる」遺品整理スタートは、父の本から。

父が書いた著書本は1冊だけを残し、ブックオフに引き取ってもらうことに。

大事な本は写真に撮って思い出は残す
父が書いた本は、1冊のみ残してあとは買取業者に売ることに

さらに父が編集長として創刊した雑誌は画像を撮って、思い切ってほとんどを処分しました。また、本棚に収められていた古い本は、近くの古書店に売りました。貴重な本もあったようで、6000円で売ることができました。

何より使ってくれる人に読んでもらえれば、うれしいと感じています。

また、あちこち散らばっていた母の写真は、アルバムを買って整理。

父母が使っていた掃除機やストーブ、扇風機は粗大ごみ申請し、つい先ほど収集が完了しました。

大事な本は写真に撮って思い出は残す
父の作ったビジネス雑誌は、このように写真に収めて捨てることに。『Think up』というタイトルは父が名付けたもの

着物、食器、絵画の処分が今後の課題

1週間では、これくらいしかできていませんが、これから情報を集めて、着物と絵画の処分を考える予定です。

ブランド物の食器、母の大切にしていた洋服、使っていない家具、空になった大量の収納ボックス、まだまだ物はあります。

業者を頼まずどこまでできるか? 家族の力を借りながら、自力でがんばってみたいです。

ちなみに、両親が残してくれてうれしかった物は、数は少ないですが 金やプラチナの貴金属。

使わないものは、売ることが可能ですし、指輪などはサイズを変えたりデザインを変えて、自分で身に着けることもできます。

なにより小さいので、場所を取らないのが魅力。

これを踏まえて、私も価値があって小さいものだけを残そうと思っています。

着物、食器、絵画の処分が今後の課題
今後は、絵画や食器など、難関の遺品に挑みます

■もっと知りたい■

相川未佳

ライター、エディター。インテリア、教育、料理などの女性誌を担当。8年前、介護のため単行本のライターに。主に企業家である「斎藤一人さん」の本を企画・制作。8年で20冊出版しました。また、靴下で踊るオリジナルのフラメンコを教えています。本や踊りの話の他、健康や美に関する体験レポートも書いていきたいです。

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