阿川佐和子流の老いとの付き合い方
エッセイスト阿川佐和子!老いも受け入れながら笑って今を生きる
エッセイスト阿川佐和子!老いも受け入れながら笑って今を生きる
更新日:2025年11月21日
公開日:2025年11月19日
阿川佐和子(あがわ・さわこ)さんのプロフィール
1953(昭和28)年東京生まれ。慶應義塾大学文学部西洋史学科卒業。99年檀ふみとの往復エッセー『ああ言えばこう食う』で講談社エッセイ賞、2000年『ウメ子』で坪田譲治文学賞、08年『婚約のあとで』で島清恋愛文学賞受賞。12年『聞く力―心をひらく35のヒント』がミリオンセラーに。14年菊池寛賞受賞。近著に『話す力―心をつかむ44のヒント』『レシピの役には立ちません』など。
年を取って初めて経験することは山のようにある

2025年に入ってエッセー集『老人初心者の青春』を刊行した阿川佐和子さん。「いつまでも“初心者”とは言っていられないですね」と話します。
「先日、ある知り合いのお医者様から『テレビで君を見ていて、ぜひ手術をした方がいいと思う』と言われたんです。何のことかと思ったら、“まぶた”。まぶたが落ちて目が見づらいんじゃないかと心配してくださるのです。
“私の目って、そんなにひどい?”とショックを受けたけど、これだけ長く生きてきたんだから、しょうがないじゃない。植物だって、つぼみの頃はお肌がピチピチな感じで、そこから大きく膨らんで『私がヒロインよ!』と咲き誇り、あとは時間の経過とともにショボショボになって、やがて静かにうなだれていくでしょう。
まぶただって同じ。70年以上も働いていれば、疲れてうなだれますよ。若者のように『がんばります!』って年頃はとっくのとうに過ぎて、皮膚も筋肉も『もう疲れました』『そろそろ休ませてください』って状態になっているわけでしょう。それはね、もう受け入れないと。
私の目は若い頃と比べて半分くらいに小さくなったかもしれないけれど、別に見づらいわけではない。だから今のところは自然にまかせ、なるべく手術は避けたいなと思っています」
年を取ることこそ「新しい経験」が増える
昔からよく「老人は何でも知っている」とか「年を取って経験を積むと、新しいことはどんどんなくなっていく」などと言われますが、「それはただの思い込み」という阿川さん。「年を取ることこそ新しい経験で、日々初めてのことだらけ」と話します。
「耳が遠くなるとか、手の甲や首が老化するとか、年を取って初めて経験することって、実は山のようにあるんですよね。つい最近も、目の下の皮膚の一部がカサカサしていて、乾燥して皮がむけただけかなと思ったら、美容のプロの方に『これは間もなくシミになるというサインです』と言われて、びっくり!
ある朝、鏡をのぞくと本当にその部分が黒ずんでいて、慌てて拡大鏡で見ながらこそげ落としました(笑)。それでちょっと薄くなった気もしますが、やっぱりシミでしょうね。
日々じわじわと、あるいは突如として起こる老化現象を、どう受け止め、対処して、明るく生きる知恵を身につけるか──。それもまた新しい挑戦だと私は思うんです。
この先、足腰が弱ったり、ものを忘れたり、まだまだいろんなことが起こるでしょうが、それをただ悲しむだけでなく、“年を取らなきゃ起こらない新しい経験なんだ”と面白がって、なるべく笑って生きていきたいですね」
古稀を過ぎて始めたピアノ。毎朝30分向き合って
老いを受け入れながら、笑って老後を過ごすために「日々の楽しみを見つけることが大事」という阿川さん。古稀を過ぎて新たに始めたのがピアノでした。
「実は子どもの頃にピアノを習っていて、中学生のとき部活や遊びが忙しくなってやめちゃったんです。大人になってから、もう一度ピアノを再開したいと思いながらも、ずっと一歩を踏み出せずにいました。
ところが最近になって、仕事でプロのピアニストと連弾する機会に恵まれて、それが本当に楽しかったんですね。老後に向けて脳と指のリハビリには麻雀かピアノがいいという説も聞いて、“やっぱりピアノを弾きたい!”という気持ちがどんどん募っていきました」
そして昨年末、阿川さんは思い切ってピアノを購入。ここ数か月、毎日地道に練習を重ねているといいます。
「昔から仲のいいピアノの調律師さんに『やっぱりピアノっていいよね』と話したら、『サワコさんにぴったりのピアノがある!』と言われて。見せてもらったのが、ちょこんと小さくて茶色い木製の中古ピアノ。そのかわいらしさに思わず、『はい、買います!』と。こういうのって勢いですね」
阿川さんがピアノを練習するのは朝。雑事を終わらせて30分ほどピアノに向かう時間が日々の楽しみになっているそう。
継続力のない私でも…毎日ピアノを練習すれば成果が出る!

「継続力のない私がピアノだけは毎日続けています。子どもの頃は面倒だった練習が、年を重ねた今どういうわけか楽しくて。最初はつっかえながらゆっくり弾いて、だんだんスムーズになってきました。やっぱり練習すれば成果が出るんだなと実感しています。
何を弾いているか、知りたいって? たまたま家にあったフェルナンド・ソルという作曲家の楽譜で、これがどこから来たのか不明なんですが、ちょっと不思議な楽譜でして。右手の音階はあるのに、左手は数字しか書かれていない。
よくわからないので、私は勝手に1音目を左手で、続く3音を右手で弾くことにしました。きれいなメロディーが気に入って2か月ほど練習を重ねた頃、発覚したのが、この楽譜はギター用だということ! でもピアノの練習曲として指の動きを慣らすのにちょうどいいので今も弾いています」
他にも「サウンド・オブ・ミュージック」と「眠れる森の美女」の曲を練習しているという阿川さん。実はこの秋に、コンサートで再びプロのピアニストと連弾する予定があり、「最近届いた課題曲の楽譜が“嘘でしょ⁉”と驚くほど複雑で……日々奮闘中」だそう。
「落語の『寝床』って知ってます? 素人の義太夫好きな大旦那が、近所の人を集めて演奏会を開こうとするんだけど、下手な義太夫を聴かされて散々ひどい目に遭ってきた人たちが『母が危篤で……』『妻が病気で……』とあの手この手でみんな逃げちゃう噺。
私もそうならないように気を付けなくちゃ。ピアノを自分で楽しむだけでなく、人様に聴かせるからには本気で練習したいと思っています」
『老人初心者の青春』

中央公論新社刊/1540円
古稀を迎えても好奇心は衰え知らず。若いうちが花? いえいえ、我が青春は、今なり! 阿川さんの人気エッセー、シリーズ第4弾。
取材・文=五十嵐香奈(ハルメク編集部)、撮影=中西裕人
※この記事は、雑誌「ハルメク」2025年4月号を再編集しています。




