人生100年時代の働く女性へジタバタのすすめ
2024.06.22
公開日:2024年06月22日
シリーズ彼女の生き様|坂東眞理子 #2
今までのルールが通じない世界で5年奮闘して
半歩先を見据えながら とにかく今できることをやっていく。 できることじゃないと できないですからね
ご縁に助けられて大学に飛び込んでみたものの…
学長の頃(赤いガウンが坂東さん)。昭和女子大学の卒業式(本人提供)
57歳のときに昭和女子大学に教授として迎えていただき、60歳のときには学長、69歳からは理事長と総長、そして現在は総長として昭和女子大学のこども園から大学院までの教育に携わっています。
昭和女子大学に来て20年。77歳になった今も、週に5日、多いときは7日、大学に通っています。スニーカー通勤で自宅から歩いて行っているんですが、途中に神社があってね、いつも立ち寄って手を合わせています。
「お仕事があって、ありがとうございます」と。普段は忘れているから、そういうときだけ思い出してお礼を言っているんです(笑)
第1回でお話ししましたが、人生最大の挫折の中にいた私に新しいチャンスを与えてくれたのが、昭和女子大学でした。でも、ご縁に助けられて飛び込んではみたものの、すんなりと適応できたわけではありませんでした。最初の5年間くらいは新しい環境に慣れようとジタバタしていました。
なにしろ大学という場は、私が歩んできた公務員の世界とはまったく異なる世界。公務員時代には当たり前だったマナーとルールは大学では通じません。「不思議の国のアリス」の“アリス イン ワンダーランド”をもじって、“マリコ イン ワンダーランド”なんて、当時はよく言っていたものです。