9年経っても終わらない週末介護体験談2

【体験談】終わらない毒母の週末介護。それでも続けている理由

【体験談】終わらない毒母の週末介護。それでも続けている理由

公開日:2026年05月06日

【体験談】終わらない毒母の週末介護。それでも続けている理由

【体験談】週末介護が始まって9年。体力も気力も削られながら、それでも通い続ける理由とは。母の毒舌、弟の事情、夫との距離、そして老後への不安。施設という選択肢に揺れながらも「尊厳」を守りたいと願う日常を描きます。

59歳女性の介護体験談。終わりが見えない週末介護9年目のリアル

 tom200 / PIXTA

前編はこちら。週末介護が始まってから、私の生活は大きく変わりました。土日は休む日ではなく、実家へ向かう日。母との関係に整理がつかないまま、それでも介護は日常になっていきました。

夫に事情を話し、週末は泊まりで実家に通うと伝えたところ、「わかった。心配しなくていいよ」とあっさりした返事でした。

協力する気がないことはすぐに分かりましたが、もともと母との関係が悪かったため、今さら頼ることもできませんでした。

母は当初、週3回デイサービスに通っていました。食事や入浴もできる環境です。それ以外の日はヘルパーが数時間入る生活でした。

しかし徐々に筋力が落ち、歩行が困難に。ここ数年は車椅子となり、デイケアに週5日通っています。夕方にヘルパー、夜は弟が見守る体制です。

私は土曜の早朝に実家へ行き、1週間分の食事を作り置きし、足りない分を冷凍食品で補います。

体は弱っても、母の毒舌は変わりません。
「この冷凍食品は飽きた。もっとおいしいのないの?」
「近所の人にお礼のお菓子、買ってきてくれた?」
「かかりつけ医に連絡してよ。あんた、グズなんだから」

人の神経を逆なでするのが、本当に上手なんです。
思わず嫌味を返したこともありましたが、次第に虚しくなり、今はほとんど会話をせず、聞き流すようになりました。

私自身も2度倒れました。でも、介護疲れで急逝した先輩の話があり、会社からも注意されています。

それでも通い続ける理由は、弟に文句を言われたくないという気持ちと、ある種の意地かもしれません。
「あんな母親でも、自分はきちんと面倒を見ている」
そう思うことで、自分を支えているのだと思います。

「人としての尊厳と自由」は守りたい

 kouta / PIXTA

介護施設も検討しました。見学にも行きました。ただ、環境に納得できなかったのです。
 
実家は広く、バリアフリーにもしています。母は家の中を自由に移動でき、テレビを見たり、お茶を飲んだり、近所の人と交流することもできます。

私は最後まで「人としての尊厳と自由」は守りたいと思っています。母は私にそれを与えなかった人ですが、同じことをするつもりはありません。

夜はおむつをつけています。嫌がりますが、現実的な限界を伝えています。その姿を見ながら、どこかで複雑な感情も抱いています。

介護費用は月10万円弱。母の年金と貯金で賄っていますが、将来的な不安はあります。

弟もがんの再発が見つかり、余裕はありません。「施設に」と提案すると、弟は涙ぐみながら言いました。

「毎日、母の顔を見るのが生きる希望なんだ」
その言葉を聞いて、もう深く考えるのをやめました。

あと5年、6年……続くかもしれないと覚悟しています。

結局必要なのは「お金と体力」

webweb / PIXTA

もう一つの不安は夫との関係です。週末、自由にのびのび過ごす夫を見ていると、将来この人に頼れるのかと疑問がよぎります。

母が亡くなる頃には、自分の身も心も疲れ果てているのではないか。でも、それだけは避けたいとも思う。

老後を考えると、結局は「お金」が必要だと痛感します。

昨年から平日の夜にジムへ通い始めました。体力を維持するためです。
そこで同じように介護をしている人と出会い、「無理しすぎないでがんばろう」と励まし合っています。

週末が来るのが憂うつでも、それでも、なんとか、母の命が尽きるまで、続けていくしかないのです。

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亀山早苗
亀山早苗

東京生まれ。明治大学卒業後、フリーランスのライターとして雑誌記事、書籍の執筆を手がける。おもな著書に『不倫の恋で苦しむ男たち』『復活不倫』『人はなぜ不倫をするのか』など。最新刊は小説『人生の秋に恋に落ちたら』。歌舞伎や落語が大好き、くまモンの熱烈ファンでもある。

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