「在宅おひとりさまで最期まで機嫌よく」を予行演習中
骨折、乳がんを経験して…上野千鶴子さん77歳「自分らしい最期」の備え方
骨折、乳がんを経験して…上野千鶴子さん77歳「自分らしい最期」の備え方
公開日:2026年02月04日
上野千鶴子(うえの・ちづこ)さんのプロフィール
1948(昭和23)年富山県生まれ。社会学者、東京大学名誉教授、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。女性学、ジェンダー、介護など幅広い分野で活躍。著者に『おひとりさまの老後』(法研刊/文春文庫)、『こんな世の中に誰がした?』(光文社刊)、『八ヶ岳南麓から』(山と溪谷社刊)
「在宅おひとりさまで最期まで機嫌よく」を予行演習

私が初の転倒事故を起こしたのは2022年の秋。コロナ禍で引きこもり生活が続き、久しぶりの講演に出掛けた先でのことでした。
新幹線の上りエスカレーターで、引っ張っていたキャリーバッグの重みでバランスを崩し、そのまんま真後ろへひっくり返ったんです。頭を下にしてあおむけのまま、激痛でまったく動けない私を乗せ、エスカレーターはぐんぐん上昇していく。この先にギロチン台が待っているのかと思っていたら、見知らぬ男性が両足を持って引っ張り出してくれました。
すぐに駅員さんも飛んできて車いすに乗せられ、 迎えに来てくれた方の手配で整形外科を受診。レントゲンを撮り、腰椎圧迫骨折とわかりました。ギリギリとコルセットを巻かれ、お尻にブチッと鎮痛剤を入れられて、そのまま講演会場へ。
車いすでの登場に聴衆のみなさんはびっくりされていましたが、「おひとりさまの老後」がテーマでしたから「今日は演題にふさわしい格好で参りました。みなさんもいずれこうなります」とあいさつして(笑)。なんとか講演を終えました。
圧迫骨折をして1年で2.5cmも背が縮みました
それから2か月間は、痛みに泣きましたね。痛みは神経を摩耗させ、気持ちがどんどん萎えていく。鎮痛剤を入れている間だけ正気でいられました。
私はこれまで医療や介護の現場をいっぱい取材して、がんの末期で明日明後日の命という人が「先生、死ぬのは構わんけど、この歯の痛みをなんとかしてくれんかね」とお願いするという話も聞いてきました。もう死ぬことがわかっていても、歯の痛みは耐え難い。その気持ちがよくわかりました。
痛みに苦しんでいたとき、私はたくさんの人や物に助けられました。中でも本当に役に立ったのが、腰痛持ちの知人から通販で届いたクッション「ピント」。座るとラクであまりにいいので自分用にもう一つ買って、やはり転んで圧迫骨折した人にも贈りました。
後になって思ったのは、あのとき頭を打っていたらどうなっていたか……。転倒して頭を打ち、放っておいたら脳内出血を起こし、麻痺の症状が出かけたという友人もいましたから。
まわりに転倒事故の話をすると、カーペットのわずかな段差につまずいて転んだ、何もないところで転倒した、座っているだけで圧迫骨折になった……と、転倒体験、骨折体験が次々に出てきて驚きました。
もう一つ、驚いたのは身長が縮んだこと! 加齢によってみんな順調に背が縮んでいくものですが、私は圧迫骨折をして1年で2.5cmも縮みました。医者は「よくあることです」と。転倒も圧迫骨折も、いずれは誰もがたどる道なのです。
「おっぱいに未練なし」乳がんで迷わず切除を選択
おかげさまで、他にも体のいろいろなパーツが故障してきています。変形性股関節症の痛みを抱え、白内障と黄斑前膜で目の手術をし、3年半前には乳がんの手術も受けました。定期健診のマンモグラフィでグレーと言われ、精密検査をしたら即、黒。
ステージ1で医師から「温存できます」と言われたけど、転移の可能性もあると聞き、「おっぱいに未練はありません。できれば両胸とってください」とお願いして、結局、片胸だけ切除しました。
私の母親が乳がんで亡くなっていることもあり、切除するのにまったく抵抗はなく、再建もしませんでした。だから、この胸はフェイクです。今は乳がんサバイバー用にいろいろな補整下着があるんですよ。
こうして転倒や病気を繰り返すうちに、やがて介護が必要になる日がやってくる。だから私はすでに根回ししているんです。
いざというとき対応してくれる3点セットも揃えました
ここ(編集部注・東京郊外のマンション)に引っ越してきてから、おうちで一人で最期までを実現するために、いざというとき対応してくれる訪問介護、訪問看護、訪問医の3点セットをそろえました。まだ利用はしていませんが、ぼちぼち備えておこうと、一度、風邪をひいたとき訪問医の先生を受診して「カルテを作っておいてください」とお願いしました。
もう一つ、ここは近場に素晴らしい認知症専門医がいるんです。そこで脳の現状を記録しておこうと4年前にMRIの画像を撮ってもらいました。
先日再検査してもらったら、私のMRI画像に4年前にはなかった白い斑点があり、「これは何ですか?」と聞いたら、「毛細血管が脳内出血を起こした痕です」と。そのうちバーッといっぱい出てくるそうです。
そんなわけで、ここなら医療と介護の資源があるし、駅近のマンションで友達も簡単に来られるので、「在宅おひとりさまで最期まで機嫌よく」を叶えられると思います。あの転倒事故は、今後の予行演習だったような気がしますね。
ただ、いよいよ体が動かなくなったら、山の家(編集部注・八ヶ岳の家。上野さんは東京と八ヶ岳の二拠点生活を送っている)で美しい自然に囲まれて過ごすのもいいかもしれない。どちらにしても、おうちで一人で最期まで過ごしたいなと思っています。
上野さんのこれまでの日々をつづったエッセー集

上野さんのエッセー集『マイナーノートで』。子ども時代の素顔から後期高齢者の現実まで。自らの「夕景」を凛とした言葉で奏でます。(NHK出版刊/1980円税込み)
取材・文=五十嵐香奈(ハルメク編集部) 撮影=中西裕人
※この記事は、雑誌「ハルメク」2025年7月号を再編集しています。




