ケン・ローチ監督が描くブラック化する労働環境の現実

【映画レビュー】家族の絆を描く「家族を想うとき」

公開日:2019.12.16

50代以上の女性におすすめの最新映画情報を映画ジャーナリスト・立田敦子さんが解説。今回の1本はブラック化する労働環境に苦しみ、家族の関係性も悪化していく様子を描いた「家族を想うとき」。懸命に働いているのに報われない理不尽さを訴えた作品です。

『家族を想うとき』
© Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France  Cinéma and The British Film Institute 2019

「家族を想うとき」

長時間労働や低賃金の是正など働き方改革が謳われているが、労働環境が“ブラック化”しているのは、日本だけではないらしい。英国の社会派、ケン・ローチが新作で焦点を当てたのは、社会の屋台骨でもある労働者階級の人々が直面しているシビアな現実だ。主人公は、父、母、高校生の息子、小学生の娘という4人家族のターナー一家。

マイホーム購入という夢を叶えるため、父リッキーは、フランチャイズの宅配ドライバーとして独立する。だが、自営とは名ばかりで、大手のネット通販の宅配のノルマは厳しく、昼食を食べる暇も、家族に構う暇もない。

介護福祉士をしている妻のアビーは、心やさしく、損得抜きでクライアントの面倒を見るが、夫が仕事用のバンを購入するために車を売り払ってしまっため、移動はバスや電車を乗り継ぎ、疲労困憊で途方に暮れる。家族に十分な時間を割くことができない両親に反発するかのように、高校生の息子は非行に走る。寂しさを我慢し、明るく振る舞う幼い娘の姿が胸に突き刺さる。

みんなの幸せのために、一人一人が懸命に働き、努力しているはずなのに、もがけばもがくほど、状況は悪化し、固く結ばれていたはずの家族の絆さえも、危うくなっていく。生産性や効率を優先させる社会の中で、そのひずみを埋める役割を担わされている労働者たちの矛盾を容赦なく描く。努力しても報われない理不尽さに途方に暮れる人々に、寄り添うカメラは誠実だ。

83歳のケン・ローチ監督は、カンヌ国際映画祭で2回目の最高賞パルムドールを受賞した「わたしは、ダニエル・ブレイク」で引退を表明していたが、前作でのリサーチ中にこの事実を目の当たりにし、引退を撤回してこの作品を撮った。体制への怒りと思い入れが伝わってくる熱いドラマだ。

© Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France  Cinéma and The British Film Institute 2019
© Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France  Cinéma and The British Film Institute 2019

フランチャイズの宅配ドライバーとして独立したリッキーは家族と過ごす時間もない。介護福祉士として働く妻アビーも多忙だ。そんな中、高校生の息子セブが警察に補導される。

監督/ケン・ローチ
出演/クリス・ヒッチェン、デビー・ハニーウッド、
リス・ストーン、ケイティ・プロクター
製作/2019年、イギリス・フランス・ベルギー
配給/ロングライド 
12月13日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町他、全国順次公開

今月のもう1本「THE UPSIDE/最強のふたり」

©2019 STX Financing, LLC. All Rights Reserved.
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スラム街で育った前科者のデルは、事故で首から下が麻痺した大富豪のフィリップの介護人として働くことになった。気難しいフィリップは、率直なデルに心を開き、いつしかふたりの間には絆が生まれるが……。ノースターながら世界的に大ヒットした、実話を基にしたフランス映画を、NYを舞台にリメイク。人生の辛酸をなめたふたりが、互いに刺激され、自らの人生を取り戻していく様子は、見る者に勇気と感動を与える。

監督/ニール・バーガー
出演/ケヴィン・ハート、ブライアン・クランストン、
ニコール・キッドマン
製作/2019年、アメリカ
配給/ショウゲート 
配給協力/イオンエンターテイメント
12月20日(金)より、全国公開
 

文・立田敦子
たつた・あつこ 映画ジャーナリスト。雑誌や新聞、webサイトなどで執筆やインタビューを行う他、カンヌ、ヴェネチアなど国際映画祭の取材活動もフィールドワークとしている。共著『おしゃれも人生も映画から』(中央公論新社刊)が発売中。

※この記事は2020年1月号「ハルメク」の連載「トキメクシネマ」の掲載内容を再編集しています。



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