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- エッセー作品「線路は続くよいつまでも」説田文子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクのエッセー講座。教室コース 第8期の参加者の作品から、山本さんが選んだエッセーをご紹介します。テーマは「一歩」です。説田文子さんの作品「線路は続くよいつまでも」と山本さんの講評です。
線路は続くよいつまでも
カーテンの隙間から薄明るい空がのぞく朝、布団の中で耳を澄ます。激しかった風雨の音は止み、暫くすると、高架線路を走る電車の音が聞こえてくる。
「ああ、電車動いているな。仕事行かなくちゃ。」
残念なような、ほっとしたような気持ちで布団から抜け出す。就職して35年の間、台風が来ると繰り返しそう思った。
この家へ引っ越してきたのは、小学生の時だった。路地の先の道路沿いに真っ直ぐな水路があり、大きなコンクリートの塊がふたつ、向こう岸とこちら岸に立っていた。
「電車があそこを通ることになるんだゾ。」
父がまぶしそうに見上げて教えてくれた。
埋め立ての砂が舞う新しい街で、田んぼも、坂道も、駄菓子屋もない街。
旧国鉄最後の新線となった路線は、なかなか完成しなかった。
橋げたや高架線の柱がニョキニョキと立つばかり。
近未来的な様相を呈していたが、一向に便利な未来にはならず、旅客路線は、昭和が終わるころに、やっと一部開通の運びとなった。
夜になると、白い街灯が整然と並んだ静かな人気のない街に、轟音を立てて電車が走り、夜空を駆け抜けていく。
親にも友達にも言えないため息や胸のつかえを、四角く連なった明かりが、一緒に運び去ってくれるような錯覚を覚えながら、夢の銀河鉄道を見つめた。
就職をしてからは、毎日乗ることになり、夢の銀河鉄道は相棒に替わった。
晴れた朝には、窓から綺麗な富士山が良く見える。
特に冬は、雪化粧していく様子がはっきりと見え、毎日眺めるのも楽しみだった。
その後、結婚して子供をもつ。
「お熱があるので、迎えに来られますか?」
保育園からの連絡に、慌ててこれに飛び乗る。
車内で、病院の診察時間や明日の段取りを確認し、調整。
車内での時間が、仕事と私人の切り替えスイッチになっていた。
震災のあの日、息子の卒業祝い会のため、仕事を半日で切り上げ、電車に乗った。
席に座ってウトウトしていると、大きな揺れに目をさまし、這うようにしてホームに降りた。
「帰らなきゃ」
そして、まだ開いていた自転車屋で赤い自転車を買い、舗装道に噴き出した泥の中を、漕いだり押したりしながら家まで帰った。
あれから10年後、両親の介護で限界を感じて退職し、電車にのることもなくなった。
看取ってからはのんびり過ごすことにしていたが、この頃、窓から聞こえる走行音が気になる。
「また走りだそうよ。ゆっくりでいいからさ。近くまで乗せていくよ。」
相棒が、そう言ってくれているようだ。
山本ふみこさんからひとこと
現在→ 小学生時代→ 大人になり、就職→ 結婚して子どもをもつ→ 東日本大震災の日→ そこから10年→ 現在 という流れで、作品は運ばれます。電車の音が聞こえてくるようじゃありませんか。
軸となるのが電車(線路)です。そうです、電車は重要な役目を果たしています。作家「説田文子」に「相棒」と云わしめる存在です。となると、もう少し詳しく書いてもよいのではないでしょうか。路線名。車体の色。車内の様子。最寄駅の佇まい。
書き過ぎるとまた、うるさくなってゆくのですが。このうちの二つの要素をさりげなく加えると、ぐっと風景が見えてくるのです。
山本ふみこさんのエッセー講座(教室コース)とは
随筆家の山本ふみこさんにエッセーの書き方を教わる人気の講座です。
参加者は半年間、月に一度、東京の会場に集い、仲間と共に学びます。月1本のペースで書いたエッセーに、山本さんから添削やアドバイスを受けられます。
現在は第8期の講座を開催中(募集は終了しました)。次回の参加者の募集は2022年12月を予定しています。
詳しくは雑誌「ハルメク」2023年1月号の誌上とハルメク365WEBサイトのページをご覧ください。
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