「さつまいもの天ぷら」横山利子さん
2024.09.302022年03月04日
通信制 青木奈緖さんのエッセー講座第3期第4回
エッセー作品「新しい家族」加藤博子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。加藤博子さんの作品「新しい家族」と青木さんの講評です。
新しい家族
「わしゃ、行かんよ。かあさん一人で行きゃいいに。」義父は、頑なに言い張った。
静岡で暮らす義両親を、私たち夫婦が住む千葉へ呼び寄せようと決めた。
2人とも80歳を過ぎ、身体の自由がきかなくなってきたところへ、義母が腰を痛めた。
もう一刻の猶予もないと物件を探したところ、真向かいのマンションに空がでた、それも1階だ。夫は即、入居を申し込んだ。
義母は二つ返事で承諾したが、問題は義父だった。
地元に生まれ育って80余年、引っ越したことさえ無い義父は、頑として首を縦に振らなかった。
苦肉の策で「試しにひと月だけ。」という条件でなんとか説き伏せた。
どうやら近所には「1週間で帰って来る。」と挨拶してきたらしい。
南向きの小ぢんまりした部屋は、老夫婦が住むには申し分なく、新しく揃えた家電に義母は歓喜した。
「こんな部屋に住みたかったの。」喜ぶ義母と対照的に義父の表情は冴えない。
引っ越し初日は、夕飯を用意して2人を我が家に招いた。
我が家には夫と私、そしてもうひとりの家族がいた。
玄関で初めて柴犬コロと対峙した時、義父は身を竦(すく)めた。
「かっ、咬まんかね、これは。」
「大丈夫だよ、父さん。コロはおとなしいんだ。」
夫の言葉に義父はおずおずと身を屈めて靴を脱ごうとした。
その時、ふわり、と義父の胸元にコロが身を擦り寄せた。
「お、おおっ。」初めて触れる柔らかい毛の温もりに、義父は目を丸くした。
義父と夫は驚くほど似ている。
コロにすれば、大好きなパパそっくりなお爺ちゃんが来たのだから、気に入らない訳がない。
夕食の間、コロは義父の足元に寄り添い、いつの間にか義父は相好を崩してコロを撫でていた。
その日から私たちは家族になった。
夕刻になると向かいのマンションから「コロちゃんはいるかね?」と、義父がやってくる。
初めは気を遣い色々と話しかけていたが、すぐに無用だと判った。義父はテレビのお相撲を見ながら、ひたすらコロを撫でるのだ。コロはうっとりと目を閉じて寄り添っていた。
義父の生家はお醬油屋、義母と営んだのは製糸工場で、どちらも動物の毛はご法度だった。
コロは、生まれて初めてのペットというわけだ。
「1週間で帰るって、誰が言ったんだっけ?」夫が私に耳打ちして笑う。
青木奈緖さんからひとこと
「わしゃ、行かんよ」と言い張って周囲を手こずらせる、ちょっと頑固なこんなお義父さんも、明るく小ぢんまりしたマンションで使い勝手のいい家電に喜ぶお義母さんも、ありありと目に浮かぶようです。
そして何より、柴犬コロがふわっと寄り添って頑なだったお義父さんの心を溶かすくだりが秀逸です。
「その日から私たちは家族になった」は効かせどころの一文ですね。
内容としては比較的書きやすいはずです。それだけに、つい長く書きすぎてしまいがちですが、そこを抑えて、キュッと短くまとめたところに、良さが光っています。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
次回の参加者の募集は、2022年7月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始します。
募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#1
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#2
- 青木奈緖さんが選んだ4つのエッセー第3期#3
- エッセー作品「新しい家族」加藤博子さん
- エッセー作品「家族の定義」西山聖子さん
- エッセー作品「丸い卓袱台」野田佳子さん
- エッセー作品「姉の事は私の事」長谷島友子さん