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- エッセー作品「黒い雲」仁科あかねさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクエッセイ通信講座第1期。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今回募集した作品のテーマは「雲」です。仁科あかねさんの作品「黒い雲」と山本ふみこさんの講評です。
黒い雲
ドイツに旅行したのは、2001年の夏だった。帰国してまもなく同時多発テロが起きたので、何年だったか、はっきりと覚えている。
「行き当たりばったりが、旅の醍醐味だよ」
旅慣れた妹が一緒なので、言われたとおり、飛行機と新幹線のチケットだけ予約した。宿は行く先々の市内観光案内所で、紹介してもらうことにした。当時は『地球の歩き方』というガイドブックを、今のスマホのように頼りにして、旅行したものだ。
ドイツ行きは初めてだった。とりわけ、印象に残ったのはワイマールである。シラーとゲーテの像や家、墓地のあるワイマールに2泊することにしていた。予定地をめぐり終わったときに、妹が唐突に言い出した。
「町外れにナチスの強制収容所があったみたいだよ。行ってみない?」
私がチェックしていなかった場所である。
ワイマールの北西四キロにある強制収容所跡のブーヘンヴァルト記念館に、出かけてみることにした。
1時間に1本のバスに乗り終点に近づいたら、急に雲がたちこめてきた。
「晴れていたのに」
「真っ黒な雲だよ」
私の文句に応え、妹も空を見上げて言った。今にも雨が降りだしそうな暗い雲が、低くおおっている。ブーヘンヴァルト記念館は、能天気に行けるところではない。天気まで変わったから、よけいに緊張する。
終点で下車し入館した。入場料は無料だった。ここに32か国から、約25万人が収容され、6万5000人以上が強制労働や飢え、処刑により命を断たれたという。広大な敷地に記念館と巨大な慰霊塔がある。
ドイツ語の説明文は理解できなくても、展示物や施設から悲惨さは伝わる。ふだん、おしゃべりな私たちは無言のままだった。
2時間近くいたろうか。バスの時間に合わせて記念館を出た。ゲーテ広場行きのバスに乗って数分後、晴れ間が見えた。なんと街なかに着くと、さっきまでの天気が嘘のように、まっ青な空が広がっている。
「あの雲は、何だったんだろう」
やっと、妹は口を開いた。
私は記念館の上の黒い雲を思いながら、青空を眺めたのだった。
山本ふみこさんからひとこと
テーマの重さを、ただ重いものにせず仕上げられました。書き過ぎていない分、なおさら伝わるものがあります。
「あの雲は、何だったんだろう」
やっと、妹は口を開いた。
この2行で表現したものの大きさたるや……。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次回の参加者の募集は、2020年12月10日(木)に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
青木奈緖さんと山本ふみこさんの対談イベントの参加者募集中!
山本ふみこさんと、明治の文豪・幸田露伴から続く作家の家で育ったエッセイストの青木奈緖さん。ハルメクのエッセー講座の講師を務めるお二人が書くことの魅力を語る対談を12月6日(日)にオンラインで開催します。
二人が書くことをおすすめする理由や、作家が自らの書き方について話し合う珍しいトークもあります。自分でも書きたいと思っているけれど、きっかけがなかった方も必見。詳しくはこちらをご覧ください。
■エッセー作品一覧■
- 山本ふみこさんが選んだ5つのエッセー第2回
- エッセー作品「雨雲レーダー」中村富子さん
- エッセー作品「黒い雲」仁科あかねさん
- エッセー作品「白く光るもの」丹羽由実さん
- エッセー作品「雲、雲、雲」原田彰子さん
- エッセー作品「逃げ足」三澤千惠子さん
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