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- エッセー作品「ワイパー」澤井励子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。澤井励子さんの作品「ワイパー」と青木奈緖さんの講評です。
ワイパー
私には7才年上の兄がいる。厳密に言うといたである。職業は中規模病院の雇われ院長で、いつも笑顔で小太りで、気の良いおじさん風だった。そして大の車好きだった。
若い頃から医学書よりも車の説明書を読むのが好きで、家族の誰かが車を取り換えようものならきまって「どれどれェ」とつぶやきながら、図書館で勉強する学生の様に深く腰掛け、机上の説明書に覆いかぶさる体勢で読んでいた。
遡ること35年。当時私は福島県郡山市の大学に通っていたのだが、兄から福島での学会に出席するので数日アパートに泊めてくれと連絡があった。兄はお気に入りの赤いクーペではるばる居住地青森からやって来て、アパートの管理人さんに「駐車場の隅ならいいですよ」と許しを得て、車を置かせてもらった。
が、学生達が頻繁に通る道路沿いであったためか、見慣れぬ赤のクーペはたちまち話題 になり、「誰だ誰だ、誰の彼氏の車なんだ」と持ち主を知りたがる学生の間でちょっとした騒ぎになってしまった。
とうとう部活動仲間の男子学生に「青森ナンバーのあのクーペは彼氏の車?」と直接聞かれた。
「私の兄の車だよ」 「ナーンダ」
高まっていた好奇心が一瞬でぺちゃんこになって、騒ぎは終りとなった。
兄はこの一件をまんざらでもなさそうな顔で聞いた。学会の仕事を済ませ、私と裏磐梯までドライブもし、ご機嫌で帰って行った。
その翌年、兄は結婚を機に「家庭持ちに2ドアは不便だろう」という理由で、赤のクーペを手放した。
時が流れ、初老になっても相変わらず兄は車好きだったが、2年前、極寒の2月の朝に心筋梗塞であっけなく亡くなった。64才だった。
最後の言葉は「ワイパー上げといて」だったという。青森では冬に屋外駐車させる時はワイパーを上げておかないと雪に埋もれたり、フロントガラスに凍り着いてしまうのだが、いかにも兄らしい最後の言葉で思わず吹きだした。けれど、兄は翌日も車を走らせ出勤する気でいたのだ。私は笑って泣いた。
今でも街でクーペを見かけると35年前のドライブを思い出す。
兄はそんな昔の事は「忘れろ忘れろ」と言ってくれるかもしれない。でも、思い出すと何故か心がはなやぐ。
「もう二度とない事だから」という思いで振り返ることが、最近増えてきた気がする。
青木奈緖さんからひとこと
お兄様を亡くされたお話ですが、ほのぼのとしたユーモアがあるのは、きっとお兄様のお人柄でしょう。
みなさまへのエッセー執筆時の留意点として「くり返しを避けて、言い換えを」と申し上げましたが、澤井様はくり返しを意図的にテクニックとして使っていらっしゃる例です。冒頭の段落の畳みかけるリズムは「禁じ手一歩手前」ですが、ユーモアのある内容と合っているのでギリギリセーフ、お見事です。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれます。第1期が2020年9月にスタート。講座の受講期間は半年間。
次回の参加者の募集は、2021年1月12日(火)に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
青木奈緖さんと山本ふみこさんの対談イベントの参加者募集中!
青木奈緖さんと、随筆家の山本ふみこさん。ハルメクのエッセー講座の講師を務めるお二人が書くことの魅力を語る対談を12月6日(日)にオンラインで開催します。 二人が書くことをおすすめする理由や、作家が自らの書き方について話し合う珍しいトークもあります。自分でも書きたいと思っているけれど、きっかけがなかった方も必見。詳しくはこちらをご覧ください。
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ5つのエッセー第1回
- エッセー作品「日にち薬の十年」國田千以子さん
- エッセー作品「ワイパー」澤井励子さん
- エッセー作品「ばぁばの出番」原良子さん
- エッセー作品「祖父、音吉の生涯(1)」浜三那子さん
- エッセー作品「丑じいちゃんとクルミの思い出」山本美喜子さん
-
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