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- エッセー作品「日にち薬の十年」國田千以子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。國田千以子さんの作品「日にち薬の十年」と青木奈緖さんの講評です。
日にち薬の十年
私はすでに、一親等の親族を3人亡くしている。両親と息子である。父とは15年前、母とは2年前、息子とは10年前に別れている。両親は病気だったが、息子は交通事故だった。息子を失ってからこの8月で丸10年経ったが、今でも事故現場に花を手向けてくれる方がいて、見知らぬどなたかの寄り添う気持ちに慰められている。
当時の同級生たちは今23か24歳で、既に社会人として働いている。そんな姿を見るのは嬉しさ2割とすれば、悲しみ8割といったところだろうか。生きていれば、息子も社会人になっていた。恋人もいたかもしれない。車の運転免許も取得し、仲間と遊びまわっていたに違いない。それなのに……。
学校生活を楽しみ、進学先を考え始めていた矢先の出来事だったから、将来を奪われた息子が不憫でならなかった。だから、どんどん成長していく同級生のまぶしさを直視出来ず、悲しみの比重の方が大きいのだと思う。
ある時、「息子さんとの関係はどんなでしたか?」と尋ねられた。間をおいて「とても濃かったですね」と答えた後、涙が止まらなくなってしまった。彼との思い出が走馬灯のように思い出されてきたからだ。夫が付き添った登園時、道端の花を手折って保育園長に手渡していたこと。お迎えの帰り道、オリオン座などの星空を見ながら帰ったこと。学童の遠足で昆虫採集もしたし、森の木にゴキブリが何匹も止まっていて私が大声を上げたこともあった。事故直前まで書いていた夏休みの自由研究も忘れられない。
スピリチュアルな話として「魂は空の上から母となるべき人を選んで、その人の胎児になって生まれてくる」というものがあるが、もしそれが真実なら「私を選んできてくれてありがとう」と、もう一度伝えたい。その後私が何とか生きてこられたのは、死後の世界もあって、再び彼に会える可能性がある、という神話を信じたからだ。
二番目の息子とは6歳も離れていたので、夫婦でじっくり子育てができた。しかし彼が逝ってしまったのは、夫と「3人目にしてようやく子育ての楽しさを味わえたね」と話していた頃であった。そして中学生という多感な時期に入り、反抗的な態度が増えていたが、時々は甘えた言動も見られ、子ども期とを行きつ戻りつしながら、「大人への階段を上り始めたのだなあ」と感じていた頃だった。
今でも彼を思い出さない日はないが、気がつくと朝の焼香をし忘ていることがたまにある。そんな日々の中で思うのは、「悲しみの深さは変わっていない。悲しみの深さに慣れただけなのだ。」ということ。たぶん日にち薬とは、悲しみが薄れることではなく、悲しみ自体に慣れることなのだ。10年経ってみてつくづく思う。
青木奈緖さんからひとこと
なんと辛い思いをなさったことかと存じます。
十年間、ご自身のいろいろな思いと向き合って、その上で書かれた作品です。最後の段落で、静かにご子息様のことを思いつづけていらっしゃるご様子が心にしみます。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回、家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれます。第1期が2020年9月にスタート。講座の受講期間は半年間。
次回の参加者の募集は、2021年1月12日(火)に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
青木奈緖さんと山本ふみこさんの対談イベントの参加者募集中!
青木奈緖さんと、随筆家の山本ふみこさん。ハルメクのエッセー講座の講師を務めるお二人が書くことの魅力を語る対談を12月6日(日)にオンラインで開催します。 二人が書くことをおすすめする理由や、作家が自らの書き方について話し合う珍しいトークもあります。自分でも書きたいと思っているけれど、きっかけがなかった方も必見。詳しくはこちらをご覧ください。
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