ようこそ読書の森へ(8)

本格長編時代小説『欅しぐれ』

公開日:2024.08.06

今回ご紹介する本は、山本一力さんの『欅(けやき)しぐれ』です。著者の山本一力さんは、30年程前に楽器メーカーの季刊誌にエッセーを書かれていて、それがとても面白く、届くたびに真っ先に読んだ記憶があります。

本格長編時代小説『欅しぐれ』
『欅しぐれ』山本一力 朝日新聞出版

直木賞受賞作『あかね空』から始まる

最初に作品に触れたのは、映画『あかね空』でした。

原作があの山本一力さんと知り、すぐに購入して一気読み、すっかりファンになりました。

以来『蒼龍』『損料屋喜八郎始末控え』『だいこん』『辰巳八景』『ほかげ橋夕景』『ほうき星』『カズサビーチ』『銀しゃり』『梅咲きぬ』『いっぽん桜』『菜種晴れ』『たまゆらに』『まねき通り十二景』など夢中で読みました。

山本一力さんに、外れなしでした。

『欅しぐれ』

江戸の深川にある大店の履物問屋、五代目当主、老舗桔梗屋の太兵衛と、深川の渡世人、霊巌寺の猪之吉との信頼と友情の物語です。

時代小説と言っても、剣豪や英雄は登場しませんで、江戸に生きる庶民が、丹念に描かれています。

やがて、騙り屋と呼ばれる一味が現れ、桔梗屋を乗っ取ろうと企みます。猪之吉は、店の後見に立つようにと、亡くなる間際の太兵衛から頼まれます。その言葉を胸に、知力と死力を尽くして闘い、主人なき桔梗屋を守り抜きます。

その姿に心を揺さぶられ、途中から、江戸の世界に迷い込んだような錯覚さえ覚え、ぐいぐい惹きこまれて読みふけってしまいました。堅気とやくざ者というまったく違った世界に生きる二人に、友情が生まれ、信頼し合い、心底互いを思いやる関係が清々しく、読み応えのある作品でした。

江戸の食事事情と心意気

おいしそうな食事のシーンが、しばしば登場します。それもこの小説を読む上での、楽しみのひとつです。

今も、時々買ったりする老舗辨松(弁松・べんまつ)の名前が出てくるのも興味深いです。辨松のこわめし(もち米を蒸したもの)と、玉子焼きとしいたけの甘煮など、想像しただけで、自然と笑みが浮かびます。すぐにでも買いに行きたくなりました。

嫌なニュースが溢れる昨今ですが、この小説には、損得勘定では決して動かない、自分の発した言葉を、命がけで守る男たちがいます。そんな人々ばかりなら、平和で素晴らしい世の中になるはずと、しみじみ思いました。

作者の山本一力さん

1947年高知県生まれ。会社員を経て、97年に『蒼龍』で第77回オール讀物新人賞受賞。2002年『あかね空』で第126回直木賞受賞、2012年歴史時代作家クラブ賞受賞、2015年代50回長谷川伸賞受賞。

おすすめの本

『あかね空』文春文庫

作者の山本一力さん
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『粗茶を一服』文春文庫

作者の山本一力さん
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『早刷り岩次郎』朝日時代小説文庫

作者の山本一力さん
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『花だいこん』光文社

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■もっと知りたい■

さいとうひろこ

趣味は落語鑑賞・読書・刺しゅう・気功・ロングブレス・テレビ体操。健康は食事からがモットーで、AGEフードコーディネーターと薬膳コーディネーターの資格を取得。人生健康サロンとヘルスアカデミーのメンバーとなり現在も学んでいます。人生100年時代を健康に過ごす方法と読書や落語の楽しみ方をご案内します。

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