冨永彩心さんのリスタート・ストーリー

洋裁が得意な母の影響で、幼少の頃から服が大好きだった、冨永彩心さん。

スタイリストになることを夢見て、文化服装学院を経て、20代の頃、念願のスタイリストとして独立。雑誌「ELLE」や「MORE」などでも活躍した後、結婚。紆余曲折あり、出産後は家事や育児に専念することに。 

自分の夢も希望も諦めて、販売員の仕事を続けながら、家事や育児、介護をこなしてきた。そして離婚後、50代で予約のとれないパーソナルスタイリストとして返り咲く。

現在は、パーソナルスタイリスト養成講座を主宰しながら、大手企業の研修を手掛ける。

2024年に初の著書『45歳からの「似合う」が見つかるおしゃれ塾』（主婦の友社刊）を上梓。7.3万人（2025年2月現在）のフォロワーがいるインスタグラムで、「好きな服だけ着て生きる」のメッセージを発信し、多くの女性から指示されている。

30代で夢を諦め、子育て、介護に追われて

――スタイリストを目指した理由は？

子どもの頃、母が洋裁が得意でよく服を作ってくれたんです。ぶっ飛んだ人だったので、デザインが洒落ていて、着て歩いていると、周囲の人に「かわいいわね」とよく褒められました。

利発な妹と比べて、私は気管支喘息を患い、体が弱くてパッとしない子どもだったので、母の作ってくれる洋服を着て褒められることが、子ども心にうれしかったし自信になっていたんでしょうね。

中高生になるとファッション雑誌のとりこになり、スタイリストが夢になりました。

ーースタイリストの仕事を辞めた理由は？

30歳で結婚、31歳で出産。当時、夢だった「ELLE」や「MORE」など雑誌の仕事をしていて、世代的に出産後も「聖子ちゃんのように自分の好きな仕事をするんだ！」と思っていました。

ですが、娘を幼稚園に通わせ、近くに住む義母に娘を預けてスタイリストの仕事を再開すると、お迎えに行くたびに「ママがいなくてかわいそうだったね〜」「さみしかったね〜」などと義母から浴びせられる言葉が、負担になってきて。

仕事に行っても早く家に帰りたい……なんて思うようになり、次第に罪悪感を抱くように。仕事が楽しくなくなり、心が折れてついに辞める決断をしました。

ーー仕事を辞めて家庭に入ることに、どんな思いがありましたか？

専業主婦として育児に専念するも、「本当にこれでいいの？」という葛藤が消えませんでした。

私のようにバブル期をかじった世代って、『普通で終わりたくない』『何者かになりたい』という思いが強い人、多いんじゃないかしら。でも、気付けば私はただの“パートのおばさん”。本当はこんなことをやりたいんじゃないのに……と悩み続けていました。

何も考えずに日々淡々と同じことのくり返し。義母の介護が本格化する頃には「もう何者にもならなくていいや」とあきらめの境地でしたね。

――おしゃれへの意欲は？

30代、40代は、育児や介護が中心でおしゃれどころではありませんでした。

45歳のときは、義父が亡くなり、義母と同居して自宅介護がスタート。合わないパートの仕事に神経をすり減らして帰宅したら、娘を塾に送り、義母と二人で黙々とご飯を食べる……ああ思い出したくない！（笑）

しんどい家と息苦しい職場の往復の日々のような、暗い色の服ばかり着ていたように思います。娘にはよく「ママは笑っていても目が笑っていない」と指摘されていました。

やっぱりファッションの仕事がしたい！

――もう一度、ファッションの仕事をしようと思ったきっかけは？

このままではいけない、そう思って48歳のときに一念発起して百貨店のセレクトショップで販売員として働き始めました。

お店にあるパリコレに出ているようなブランドのきれいな洋服を見ているだけで、気持ちが晴れていったのを覚えています。介護との両立は大変でしたが、素敵な服に囲まれて働いているあいだだけは、本当の自分を取り戻せる時間でした。

通勤路を駆け足で直行直帰でも、街中をゆくだけで刺激的。着る洋服も変わっていきましたね。

――人生、休みたくなったことは？

義母が亡くなり、7年半の介護から解放されたとき。

あれほどやりたいことに思いを巡らせていたのに、いざとなると何をしたらいいかわからなくなっちゃって。子どもも大学生になると弁当を作る必要もなくなり、しばらくぼーっとしていましたね。

それに同僚と夜飲みに行くなんて、何年ぶりだろう。すごく楽しかった。

その後、2019年、51歳のときに勤めていたショップの方針に違和感を感じるようになり、退職を決意。これからは雇われる形ではなく、再びスタイリストとして「起業しよう」と思うようになりました。

そこから1年くらいは離婚や家庭の事情が重なり、再出発のための下準備のような期間になってしまいました。同僚が通っていたパーソナルカラー診断や骨格診断の話を思い出して、やっぱり学んでみたいと思い、スクールに通ったり。心理学を学んだり。

とにかく時間だけはあったので、いろんな場に出掛けて新しいことを吸収しながら「自分のために何かをする」という感覚を取り戻す大事な時間だったと思います。

――起業後は順調でしたか？

全然！どうすれば集客できるかわからなかったので、とりあえず インスタグラムを始めたり、起業塾や異業種交流会をネットで探しては参加したりと手探り状態。

さらにイメージコンサルタントスクールのパーソナルカラー診断のモニターを100人にやってみることを勧められ、安く借りられる貸し会議室を利用して、開催したこともあります。 

そんなこんなで、独立1年目はほぼ収入なし。2年目、少し成り立つようになってきたところで、今度はコロナ禍に突入。お買い物同行の予約もすべてキャンセルになってしまい……。当時は、ファッションの現場ではリアルがすべてと思っていたので「終わった」と思いましたね。

すぐに気を取り直してオンラインに移行してみたら、スタイリスト養成講座という新しい芽が見えてきて、山あり谷ありでここまで来ています。

「悔しい！見返してやる！」怒りが起爆剤に

――失敗やミスから学んだことは？

最初の頃、私は根っからのファッション好きで、みんなが何に困ったり悩んだりしているのか、気持ちがわかっていませんでした。内心では「好きなものを着たらいいのに」と思っていた。

でも、40代、50代になると、今までのおしゃれが似合わなくなったり、自分らしさがわからなくなったり、自分に自信が持てなくなったり……。おしゃれが好きでも何を着たらいいかわからなくなるんですよね。

コロナ禍のオンラインレッスンでお客様の声を多く聞けたことで、お客様それぞれの悩みに沿って自分の中でも解決策を考えるようになりました。

ただ好きなことをするのではなく、それを仕事にするのであれば必ず相手の立場に寄り添って考えてみることが必要ですね。

今は個別のお買い物同行より、パーソナルスタイリストを養成する講座を主軸にしていて、6期目を迎えようとしています。中には介護をしながら学びに来ている方もいて、経験をもとにアドバイスできているように思います。

――「あの過去があるから今がある」と思えることは？

52歳のとき、離婚したこと。

夫が浮気をしていることは薄々気付いていたけれど、家には一応帰ってきていたので、特に何も言いませんでした。私も日々の生活に追われて、正直深く考える余裕がなかったんです。

そのうち、だんだん帰ってこなくなり、義母が亡くなった後は1年ほど姿を見せなくなって……。その後、私の父親が亡くなり、葬儀で夫と久しぶりに会うと、労いのひと言もなく、まさかの「結婚したい人がいるんだけど」と離婚の申し出をされて。

今は笑って話せますが、当時は深く傷つきました。でも、その経験があったから、ここまでがんばることもできた気がします。

悔しい。成功して夫を見返してやりたい。生活費を稼がないと暮らしていけない。

きれい事では絶対お金は稼げません。人ががんばるために一番の起爆剤になるのは、怒り。そこに素直に向き合うからこそ自分のためにもがんばれる。でも、フェ―ズが進むと、自分のためだけではがんばれなくなって、周りの人が幸せになるためにがんばるフェーズが来るということも知りました。

――やりがいを感じるのはどんな時ですか？

最近うれしかったのは、受講生から、不登校だったお子さんが学校に行き始めたという知らせを聞いたことです。 ママが講座に通うようになって楽しそうな姿がお子さんにも影響したようなんです。反抗期で口もろくに聞かなかった子どもが、ママのためにリール動画を撮ってくれるようになったり、無関心だった夫が送り迎えをしてくれるようになったケースも。 

人によっては、おしゃれが生活のメインではないかもしれません。でも、毎日服は着ますよね。そんなとき、自分に似合うものがわかっていれば、服に迷う時間を減らして、その時間を本当にやりたいことに費やせるようになれるはず。

それに似合う服は自信や自己肯定感につながります。人から褒められることが少なくなってくる年代なので、「その服ステキね」と言われるだけでも、毎日を前向きに過ごせるはず。そのためのヒントを伝え続けていきたいと思っています。

「やるorやる」そして継続することが大切 

――座右の銘は？ 

 やるorやる

「やるか、やるないか？」ではなく、「やるか、やるか？」。やりたいことを直感でパッと決めて、とにかくやってみる。

簡単に成功することなんてありません。やめたら終わりだし、結果はすぐに出ないからこそ、コツコツやっていくしかないんです。

――自分の性格で一番自慢できるところは？

粘り強いところです。

辞めなかったから今がありますから。起業して最初の3年目くらいまでは辞めたいときしかなかったくらい（笑）。アルバイトしたり、派遣で働いたりして生活費を稼いでいました。やはり、どんなことでも3年はかかると思います。 

2019年にインスタグラムを始めましたが、フォロワーが1万人に到達するまで、3〜4年かかりました。朝30分のライブ配信も、最初はなかなか続けられず挫折を繰り返していましたが、離婚後は「絶対やり切る」と決めて、今では毎朝続けています。

――不安を感じるとき、スランプや逆境から抜け出したいときの特効薬は？ 

つらいなと思ったら体を動かします。不安を感じるときって、だいたい頭だけで考えて、何も行動していないときなんです。走るなり、歩くなり、ヨガをやるなり、なんでもいい。とにかく頭と気持ちと体をバランスよく使うようにしています。

よく受講生の方からも、何からしたらいいかわからなくて……などと相談されますが、「まずは何でもいいから手を動かせ！」と言っています（笑）

――自己肯定感の低さを払拭するコツは？

心理学を学び始めたら、自分の気持ちや感情を冷静に捉えてコントロールできるようになりました。

もちろん、嫌なことを言われれば落ち込みます。でも今は沈み込んでしまうことはなく、今は、近所を散歩したり、カフェでお茶したりして、一つ行動を取り入れることで上手に気持ちを切り替えられるようになりました。 

――これがあるからがんばれる、勇気が湧いてくるモノや儀式はある？ 

今だって、いつだって怖いですよ。会社組織でもないし、いつお金がなくなるかもわかりません。でも、自分を信じるというより、周りの方に感謝されたり、必要とされたりする今があるなら、このままやっていけるんじゃない？と背中を押されています。

そして一番の励みは、娘の存在。いつも「私があやみの一番のファンだよ」と言って協力してくれます。

50代のリスタートに必要な3つの備え

50代になって新しいことをするなら、まずは自分の過去を見つめ直すこと。その中からあるものをチョイスするしかなくて、ないものねだりをしても仕方ないのです。 

1．自分を見つめ直す

「何もない」と思っていても、過去の経験はすべてつながるもの。これまでやってきたことの中に、次につながるものがある」という視点で探して見るのが最初の一歩だと思います。

2．ないものねだりはしない

「ゼロから新しいことを始める」のではなく、「今あるものを活用する」こと。私は、すでに持っているファッションの知識を、時代に合わせた形で生かすことを選びました。また、インスタグラムを活用するなど、できることを組み合わせて、今の時代に合う形にアレンジする」ことが成功のポイントです。

3．小さく始めて、コツコツ継続する

いきなり大成功を目指さず、できることから始めて続けること。私の再出発は、まず「100人に無料でパーソナルカラー診断をする」と決め、実行したところから。最初は収益にならなくても、積み重ねることで実績や経験ができ、その後の仕事につながっていきます。

取材・文：庄司真美　写真：日高奈々子　 構成：長倉志乃（HALMEK up編集部）