腰痛持ちの50歳主婦→踊る美尻ヨガ講師に。おもろく笑って同世代を元気づけたい
2024.12.222025年01月23日
002:石橋洋子さん(62歳)
身長153cm元看護師が58歳でファッション業界に!インスタグラムが道を開いた
50代から新しい一歩を踏み出して、第二の人生を歩み始めた人たちを追う「わたしリスタート」。天職と思っていた看護師を定年直前に辞め、ファッション業界に転身した石橋洋子さん。「好き」を突き詰めた先にあった、第二の人生とは?
石崎洋子さんのリスタート・ストーリー
福岡県在住のファッションディレクター、石橋洋子さん(62歳)が第二の人生をリスタートしたきっかけは52歳のときだった。看護師として働きながら、洋服好きが高じて自身のコーデの記録用にインスタグラムを始めた。
アラフォーで身長153cmという小柄な体型と流行にとらわれない大人コーデが話題となり、徐々にファンがついて人気インスタグラマーに(2024年11月現在フォロワーは9万人以上)。
58歳のときに看護師を辞め、ファッション業界へ転身し、ファッションブランド「Lazo_N33°」のディレクターとして洋服づくりに励み、著書『アンダー153cm、60歳。カッコよく着こなす大人コーデ』(朝日新聞出版)を出版。
YouTube「アラカンyokoのファッションコーデ」ではコーデのテクニック等も紹介。
現在はファッションディレクター、モデル、インスタグラマーとして活躍する石橋さんに、第二の人生をスタートし輝く秘訣を伺った。
50代、このまま平凡に人生終わりたくない!
――インスタグラムを始めたきっかけは?
ずっと看護師一筋だったんですが、50代になって「退職後はどうなるんだろう?人生1度だしこのまま平凡な人生で終わっていいのか?」と模索し始めました。
それで、私は何が好きなんだろうと考えたとき、「洋服しかないしなぁ~」って。
お給料のほとんどを洋服代につぎ込むほどの、“おしゃれ大好き人間”でしたから。友人から「インスタグラムをやってみたら?」とすすめられて、「コーデの記録にもなるし」と軽い気持ちで始めました。
インスタグラムは初めてでしたが、独学で試行錯誤しながらのスタートでした。
――初めてのチャレンジで大変だったことは?
やる気のほうが勝っていたような気がします。
ただ、看護師としてフルタイムで働いていたので、一応「身バレ」しないようにサングラスをして、休日にコーデの写真を撮り溜めておくなどの工夫はしていました。
最初は見てくれる人も少ないし、フォロワーも少なかったけど、いつか増えるだろうっていう自信だけはなぜかあって(笑)。
そのうち「身長153cm」「アラフォー」というキーワードが響いたのか、少しずつフォロワーが増え、雑誌に掲載依頼が来たり、ブランドの低身長モデルや商品PRなどの依頼がDMに届くように。こういう収入の得方もあるんだなと視野が広がりましたね。
――フォロワーを増やすために工夫したことは?
あらゆる工夫をしていますが、一番大切なことはどういう方に見てほしいか、カテゴリーを決めること。私は「ファッション」をメインに投稿するよう心がけています。あわせて「年齢層」「体型」のタグ付けも重要。
そして「毎日決まった時間にアップすること」。
最初は、数日おきに投稿していましたが、「毎日楽しみにしています!」というコメントをきっかけに、毎日、決まった時間に更新するように。これでリピーターが増えました。
「アクセス状況の分析」もずっと欠かさず続けています。例えば、アクセスが少ない投稿があれば「何がいけなかったのかな?」と見直し、閲覧数が伸びている方のインスタを参考にしながら改善を加えたり。
でも、いちばん大切なのは「私らしいコーデと、こんな着方もできますよという提案を見せること」です。
私は背が高くはないし、62歳ですが年齢を意識したことはありません。とにかく洋服が好きで、トラッドスタイルを基本にいろんなスタイルを楽しみたい。時にはショーパンをはいたりもしてね。
何歳になってもおしゃれは楽しめる。年は関係ない!自分らしいカッコよさがある!というポジティブなメッセージが届いていて、そこに共感してもらえているんじゃないかなと思います。
職場のトラブルで降格、人間不信になって……
――58歳、定年直前で看護師からファッション関係に転身を決意した理由は?
人が好きで世話好きの私は看護師が「天職」と思っていたので、インスタをやりながらも、ずっと仕事は続けていたんです。だけど、あることがきっかけで人間不信になって落ち込み、人生の挫折を味わいました。その頃から老後のことを考えるようになった気がします。
自分は何ができるのか悩み、考え、模索する日々が7年ほど続きました。
長く勤務した病院で、顔見知りの患者さんが何人も死を迎える中、もう死に行く患者様や家族と向き合うのは悲しすぎる、そんな時にある事件が起きて、神様にそっと背中を押された気がしたんです。
看護師の仕事は、私じゃなくてもできる人がたくさんいる。医療の枠に収まらず「私を必要としてくれる場所に行こう」「私にしかできないことで羽ばたこう!」ちょうど風の時代がやってきた時でした、迷わず「風に乗ろう!」と退職を決めました。
――金銭的な心配はありませんでしたか?
すでにその頃にはインスタ経由での仕事の依頼が増えて、看護師の収入を上回っていました。また、60歳になると看護師は給与が下がります。
今、がんばれば看護師以上の収入を得られるはず、という見込みがありました。実際に、今は看護師時代の4倍ほどの収入です。
家計的にも、もともと私は生活費の食費しか出していないので、経済的には前と何も変わらないという説明に、夫は「自分で決めたならいいんじゃない?」と言ってくれました。
ファッション業界への転身。未経験の世界で
――活躍の幅をどう広げていったのですか?
とりあえず、やってみる。
モデル撮影も、通販番組の出演も、すべて未経験でしたが、好きなことなので楽しんでいます。
私は物事をいいほうに考える性格なので、直観的に「ちょっと変だぞ?」と思うもの以外は、報酬に納得できればやってみる。
自身のブランドの立ち上げは、以前コラボしたブランドの担当者から声がかかり、気の合う仲間だったので、気楽な気持ちでOKしました。
ファッションディレクターという仕事も、最初は何をするんだろう?と思いましたが、デザイナーやパタンナーさんと一緒に、ブランドの方向性や服のデザインを作っていくんだ、とやりながらわかった感じです。
ご縁がある人とは自然といい方向に進んでいくし、続いていくもの。そして、そこから新たな繋がりやチャンスが舞い込みます。
――今までの経験で役立ったスキルはありますか?
自分が気になったことに対して「なぜ?」と疑問を持つことを習慣づけていたこと。
例えば「なぜ、あの人は肌がキレイなんだろう?」とか、「なぜ、あのブランドは売れ続けているんだろう?」とか。
気になったらそのままにせず、理由を掘り下げてみる。その繰り返しが、アイデアがひらめいたり、より良くするための改善案につながったり、日々役立っていると思います。
――体型キープや体調管理はしていますか?
もともと太りにくい体質のようですが、服をキレイに着たいので、1日3回の体重測定をし、必要であれば食事の調整もしています。
実は41歳の頃からリウマチを発病し、左手背の骨はボロボロ。大好きだった筋トレもできないし、雨の日は関節が痛くなります。だから、激しい運動ができないぶん、日常生活ではとにかくよく歩くようにしていますね。
最近、気持ちは若いんですけど、肩こりや腰痛がでるようになりました。磁器ネックレスが外せません(笑)
――自信をなくしたときや、スランプから抜け出したいときの特効薬は?
悩んでもなるようにしかならないですよね。
嫌な事が起きたり、厄介な方とお会いすることもありますが、「他人と自分は同じ感覚ではない」「そういう考え方の人もいるんだ」と思うようにしています。
だからといって、自分まで周囲に嫌な思いをさせたくないので「いつも笑顔」を心掛けて。
SNSやネットニュースでは批判的なコメントに落ち込むこともありました。でも、いつまでも気にしていても、つらいだけ。それ以上に、応援してくれている人がたくさんいるので、その人たちのために「私らしい発信をしていこう!」と前を向いて。
そうするうちに、自然と気持ちも上向いて、いい波が来るものです。
――「あの過去があるから今がある」と思えることは?
看護師時代の職場の人間関係に悩んだこと。
でも、今振り返れば、私の裏表ないストレートな話し方や良かれと思ってしてしたアドバイスや指導が、受け取る側によっては違う捉え方になることがあったのかなとも思うんです。
今は一緒に働くのは自分より若いスタッフが大半で、私も未経験のことが多い環境。「準備不足なんじゃない?」「ちょっと失礼じゃない?」と思うこともときどきありますが(笑)、同じものを作る仲間として「お互いさま」の気持ちで、できるだけ楽しく過ごそうと思っています。
あの日々のおかげで、精神的にも鍛えられたし、新しい世界に踏み出す強い覚悟もできた。あの経験がなかったら、普通に看護師として勤め上げて、何のチャレンジもなく人生を終えていたかもしれませんね。
バブル世代、生きる力は「物欲」のおかげ
――リスタートして得た最大の教訓はありますか?
笑顔でいられる場所でこそ輝ける
リスタートして良かったと思うのは、大好きな仕事に就けたことで、毎日が楽しいし、笑顔でいられること。だから、自分の周りにも、笑顔の素敵な人たちが自然と集まってくる。昔の写真と比べると顔が違うので自分でも驚くほどです。
――あなたの人生の「座右の銘」は?
「毎日を悔いなく生きる!」
一度きりの人生だから、亡くなるときに「ああ、最高に幸せだった! 楽しい人生だった!」と、悔いのないように生き抜くことが目標です。
そう思うようになったのは、看護師として、人の生死を日々目の当たりにしてきた経験が大きいかもしれません。
――これがあるからがんばれる、勇気が湧いてくるモノや儀式は?
やっぱり自分の好きな洋服や小物を買うこと!
仕事柄、服やバッグなどモノが増えすぎて困っていると言いながら、「いいな」と思うとついつい手に入れたくなってしまいます。例えば、同じカラーのバッグでも、一つ一つ微妙に色や素材、形が違う。この洋服にはこのバッグが絶対似合うとか、私なりのこだわりがあるので、そこはなかなか譲れず増える一方です。
でも、“物欲”があるからこそ、生きる元気が湧いてくるし、センスも磨かれていくのかも。
――60代、これからチャレンジしたいことは?
期間限定の「ひとり暮らし」をしてみるのも面白そう。
ひとり時間も大好きだし、モノであふれた家をいったん整理するためにも、拠点をもう一つ持つのもいいかなと思っているんです。週末婚みたいに、夫と会いたいときに会うのも新鮮で、素敵じゃないかなって、ワクワク妄想している自分がいます。
50代のリスタートに必要な3つの備え
ポジティブシンキングな私でも、50代での転身には不安もありました。「安心できる環境」を育てておくと、いざというときに決断しやすくなります。
1.転職後の収入の見通し
人生100年時代、50代はまだ、転職後の収入が維持できるかは大事。安定した看護師の仕事を手放して、新たな仕事にチャレンジできたのは、すでにインスタでこの先の収入が見込めたから。自分にとっても、同居する家族にとっても安心材料になったと実感しています。
2.人とのつながり
インスタを通じての出会いやご縁で、ミセスコンテスト出場、自身のブランドの立ち上げなど、たくさんの挑戦ができました。人との絆は目には見えないけれど、絆があるからこそ、安心して挑戦ができたと思うし、その人たちのためにも頑張ろうと思えている気がします。
3.情報を得るクセ
今、世の中で何が求められているのか? 流行っているのか? 自分から情報をキャッチすること。ショップで最新の洋服をチェックしたり、店員さんに声をかけたり。心を開いて自分から情報を得ることで、仕事のチャンスが広がったように思います。
取材・文=伯耆原良子 写真=HALMEK up編集部、石橋洋子さん提供 企画・構成=長倉志乃(HALMEK up編集部)