築150年超の古民家で始めた、古くて新しい暮らし

2022年09月25日

随筆家・山本ふみこさんの移住とリフォーム

築150年超の古民家で始めた、古くて新しい暮らし

随筆家の山本ふみこさんは60代を迎え、ひょんなことから夫婦二人で埼玉県にある築150年超の大きな古民家に移り住むことに。移住のいきさつと「広い家に住んでも持ち物は少なく身軽に」がモットーの山本さんの新しい暮らしとは?(2021年10月執筆)

随筆家・山本ふみこさんのプロフィール

随筆家・山本ふみこさんのプロフィール

やまもと・ふみこ 1958(昭和33)年、北海道生まれ。出版社勤務を経て独立。特技は何気ない日々の中に面白みを見つけること。雑誌「ハルメク」の連載やエッセー講座でも活躍。『忘れてはいけないことを、書きつけました。』(清流出版刊)、『家のしごと』(ミシマ社刊)など著書多数。

移住のきっかけは、古民家再生のテレビ番組

移住のきっかけは、古民家再生のテレビ番組
土間から見た仏間で、夫の代島治彦さんと。床の間の掛け軸は山本さんの宝物「ん」(小林超道・書)。となりは位牌をのびのび並べた仏壇スペース

半世紀以上も暮らした東京都から埼玉県熊谷市に移り住んだのは、2021年5月8日のことだ。

ポーンと弾けるような移住だった。

きっかけはテレビの番組。2020年11月末夜半、ひとり観ていた番組(NHK BS)で、ドイツ人の建築デザイナー、カール・ベンクスが再生した古民家を観た。再生されたのは古民家だけでなく、家々を育んできた新潟県十日町市竹所の集落でもある、という番組。

何となく観始めたのだったが、心に何かが灯った。古民家のうつくしさ、力強さが胸に迫るのと同時に、ひとの手に委ねられた家の運命を思う。

母屋全景
母屋全景。リノベーションを計画している長屋門、蔵、薪小屋、手入れを待つ庭もある

縁ある築年数150年超えの古民家の佇まいが、わたしの胸に広がったのである。

階段を駆け上がって寝室で本を読んでいた夫に告げたのだ。

「わたしは熊谷の家に移り住むことにするけど、あなたはどうする? 来る? 東京にいたいなら、そうしてもいいのよ」

宣言しながら、熊谷の家は夫の実家なのだけれどもね、と思って、ちょっと笑う。

60代からの生き方を模索していた私の、運命的なキャッチ

60代からの生き方を模索していた私の、運命的なキャッチ
2階は養蚕時代、繭づくりの場所であった。「床を張って、ここで何かできたら……」と山本さんは話します

60歳代に入り、この先の生き方を模索するともなく模索していたわたしの細胞アンテナが、「カールさん」や「古民家」の情報をキャッチしたのではなかったろうか。と、熊谷市の住民になって半年たとうとするいま、ふり返る。

あれから5か月後、移住が実現したところをみると、運命的なキャッチだったとも思える。

農業の予定や道具についてチョークで書かれた壁
家のなかには、ところどころに古い記録が残る。農業の予定や道具についてチョークで書かれた壁

夫の実家は米農家であり、明治時代の終わりからは養蚕も営んでいた。養蚕は年5回もくり返し蚕を育て、繭(まゆ)を出荷。夫が小学6年生だった1970年まで、養蚕はつづいた。

「お蚕の時代は、ほんとうに忙しかった……」という夫の母のつぶやきが忘れられない。

朗らかにたくましく兼業農家の暮らしをつづけた両親から、折に触れていろいろなことをおそわった。日を追って熊谷の家はなつかしくも大事な「場」となってゆく。

母上の嫁入り
玄関脇の下駄箱は、母上の嫁入り道具の一つだそう

2020年義母が亡くなり、義父が認知症のグループホームに入所。夫が東京から通ってできる限り守りはしたが、大事な家と田畑は数か月のあいだ「主」を失うこととなる。

そうして同年11月、運命的なキャッチの日をむかえたのである。

移住もリフォームも何事も、大袈裟にとらえ過ぎない

移住もリフォームも何事も、大袈裟にとらえ過ぎない
「土間ではもっぱら下駄履き。冬も足袋に下駄を、と考えている」と山本さん

「いつか熊谷の家に住まないか?」と、夫はこれまで一度もわたしに云わなかった。恐ろしくて云えなかったのかもしれないが、このことは大きい(感謝もしている)。

移住をわたしが云い出せたことは、このたびの「なりゆき」の肝である。

肝の存在に気づいたあと、目当てが生まれた。「このたびの引っ越し、大袈裟にとらえ過ぎないようにしよう」という目当てだった。

できるだけゆったりかまえ、抜け落ちることがあっても、あとから追いかけて、やり直そう。失敗は……そう、あとから笑い話にしてたのしもう。

命ある限りこの家を守り、この地域をたのしもう

命ある限りこの家を守り、この地域をたのしもう
土間には食卓と台所、山本さんの仕事場が。日本的古民家の風合いに、イギリス風のインテリアの要素を加えてゆくのが夢、とのこと

2021年5月8日引っ越し。わたしたちの居住スペースは、8畳間ひとつと、布団を敷くスペース、あたらしくしたトイレだけであった。風呂なし、台所なし、使える水道は、裏庭の1本水道だけだった。焚き口はといえばカセットコンロ1台という、キャンプ生活に近い状態だったのだ。

1日も早く移り住みたかった。家が変化してゆく様を、職人さん方の仕事を、この目で見たかったのである。

およそ50年前に両親が当時流行りだった意匠をイメージしてとりつけた洋風の天井をはがすと、なかから見事な梁があらわれた。

「リフォームじゃなく、元に戻す作業だな」と、75歳の棟梁がつぶやく。

大工さんはじめ、職人さんたちが入れ替わり立ち替わり工事を進めるなか、わたしたちはそれを日常とし、仕事をした。午前10時と午後3時の職人さんのおやつの支度はわたしの大事な任務だった。

大工さん方、職人さんたちの仕事を目のあたりにし、150年という年月、この家に暮らしたご先祖様方を思う日々、とてもではないが、「わたしの家」とは呼べなくなってゆくのだった。

管理人だなと、思った。

命ある限りこの家を守り、この地域をたのしもうとする管理人。そう位置づけることはわたしにはふさわしく、さらには、おもしろみを感じさせる。

はじまったばかりの暮らしは、この先、わたしをどこへ運んでくれるだろうか。

山本さんの仕事場
「ここは昔、農業を助ける牛がいた場所。牛みたいに役に立たなくちゃ」と山本さんは笑う
鍋ラック
「台所には東京でも長年活躍した鍋ラックが。鍋ラックのみならず、古い仲間たちとともに移住してきた」と山本さん
麦の育つ田
「ここは来年、夫の手により米が実り、麦の育つ田になるはず。できることは手伝うけれど、無理はしないつもり」と山本さん
ブルーベリー
2021年はブルーベリー(全30本)の実がたくさん採れ、出荷もかなったそう。最後の実で山本さんが作ったジャムをヨーグルトに添えて……

文=山本ふみこ 撮影=安部まゆみ 構成=五十嵐香奈(ハルメク編集部)
※この記事は雑誌「ハルメク」2021年12月号を再編集、掲載しています。


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山本ふみこ
山本ふみこ

出版社勤務を経て独立。特技は何気ない日々の中に面白みを見つけること。雑誌「ハルメク」の連載やエッセー講座でも活躍。

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