心配事に捉われない!「マインドフルネス」実践法

2024年05月24日

50代からの「しなやかなこころ」のつくり方#3

心配事に捉われない!「マインドフルネス」実践法

急いで出掛けたとき、戸締まりをしたか覚えてない……。そんなことはありませんか? 私たちは、「心ここにあらず」の状態が意外とよくあります。過去の後悔や未来の不安に捉われなくなる「マインドフルネス」の実践法を高井祐子さんに教わります。

脳はヒマになると、 悪いことや嫌なことを考える

どこでも手軽にできる!マインドフルネスの実践法

みなさん、こんにちは。これまでの2回は、心のモヤモヤを解消するために、「認知行動療法」や「生活臨床」を取り入れて、ものごとの考え方を変えたり、暮らしを見つめ直したりする方法をお伝えしてきました。

今回は、「脳」の仕組みをうまく使うことで、嫌な考えに引きずられない心になることを目指します。

私たちの脳は、常に考え事をしています。いつだって考えていたいというのが脳という臓器の性質なので、趣味などに没頭しているときは、脳は喜んで活動しています。でも、何もしない時間が訪れると、脳はヒマになってしまいます。

すると、何か考えるネタがないかな? と見つけ出すのですが、そのとき真っ先に探してくるネタはたいてい悪いことや嫌なこと。

脳がそうした特性を持つようになったのは、狩猟採集の時代にさかのぼります。死と隣り合わせの暮らしなので、起こりうる危険を常に想定するように脳の回路は進化していきました。そんな祖先を持つ私たちですから、隙あらば脳が嫌なことを先に考えてしまうのは実は仕方のないことです。

でも同時に、そうして考え続けることで脳は疲労を蓄積させてしまってもいるのです。

"今、この瞬間"に集中するのが「マインドフルネス」

ヒマになると悪いことを考えてしまうとき、脳の特性をうまく利用して、モヤモヤを解消していくのが、今回お伝えする「マインドフルネス」という方法です。

仏教の禅をベースに生まれたマインドフルネスは、宗教の色をなくし、新しい心理療法として、科学者のジョン・カバット・ジンにより提唱され、1979年にはアメリカ・マサチューセッツ大学内にマインドフルネスセンターが設立。臨床の現場に用いられるようになりました。

iPhoneでおなじみのアップル社やGoogle社など有名企業で社員研修に取り入れられたりと認知度は広がってきましたが、初めて聞くという方も多いかもしれませんね。

マインドフルネスとは、 「今、この瞬間」に集中しようとする自分のあり方のことです。少しわかりづらいですが、私たちは、「今、この瞬間」にいないことがよくあります。

例えば今、朝ごはんのみそ汁をいただいているとします。お椀とお箸を持って、みそ汁を飲んでいる最中にもかかわらず、昼ごはんは何を食べようか……そんなふうに考えてしまうことはありませんか?

「今、この瞬間」にしていることが、考えなくても自動的にできる作業だから、未来のことをつい考えてしまうのです。これは、マインドフルネスとは逆の状態です。

一方、マインドフルネスなあり方とは、朝ごはんのみそ汁をじっくり味わうということです。みそ汁のだしの味がしっかりしているとか、温度は少し熱くて舌先に刺激があるとか、豆腐のやわらかさは……と「今、この瞬間」の五感に集中して、自身の体と対話しているような状態のことをいいます。

どこでも手軽にできる!マインドフルネスの実践法

嫌な考えに引きずられてしまう、「反芻(はんすう)思考」という思考パターンを持っている人にマインドフルネスは効果的です。反芻思考とは、過去に起きたことや、実際には起きていないこれから起きる可能性のあることを、何度も何度も考える思考パターンです。

反芻思考の人は、つい余計なことをぐるぐると考えてしまって、自分で自分を不安な状況に追い込んでしまいます。そうして過去や未来にとらわれないためにも、マインドフルネスで「今、この瞬間」に集中できる状況を作ってあげるのです。

みそ汁の一例を実践していただくのもよいのですが、もっと手軽に、いつでも、どこでも、誰でもできるマインドフルネスの実践法を説明します。読みながらやってみてください。

【実践法1】呼吸に集中する

普段は意識することのない、呼吸している瞬間に集中していきます。

まず、「自分が呼吸している」ことを意識してみましょう。その呼吸は、ゆっくりとしたものですか? それとも、ちょっと早めですか? 

さらに鼻先に意識を向けていきます。鼻の穴を、空気が出たり入ったりしていることを感じ取り、鼻と空気がこすれる感じを味わいましょう。

さらに空気に意識を向けてみると、少し湿っぽいとか、花の香りがするとか、暖かいとか感じられるかもしれません。

【実践法2】体に意識を向ける

今度は、体に意識を向けます。

肺が大きくふくらんだり、小さくしぼんだりしていることに気付くかもしれません。同時に、肩も上がったり下がったり……、お腹はふくらんだりへこんだり……、背中側はどうですか?

このように「今、この瞬間」に起きている細かいことに集中していくのです。

雨の日なら、マインドフルネスな呼吸をしている途中で雨の音に気付くかもしれません。結構降っているなと雨に意識がいったら、また呼吸に意識を戻してください。

嫌なこともつい考えてしまうかもしれませんが、そんなふうに心がさまよっても、呼吸に集中できない自分を責めることはありません。

「今、自分は別の考え事をしていた」と思うことがポイントです。

後悔や悩み、不安……さまさまな感情を受け入れる

認知行動療法は、自分の考え方のクセを修正していくものでした。

しかし、マインドフルネスはわき起こる不安や怒りなどの感情を修正するのではなく、「今、自分は不安なんだな」「今、私は怒っているんだな」と客観的に観察するだけです。

そして再び、「今、この瞬間」に戻ります。

ただし間違わないでほしいのは、マインドフルネスで目指すのは、感情をなくすことではありません。そういった感情を持ってもいいんだよ、と受け入れることです。

そうして“今”に集中することで、“過去”や“未来”にさまよう心を何度でも“今”に立ち返らせるのです。

「マインドフルネス思考」で気持ちも脳もラクに

「マインドフルネス思考」で気持ちも脳もラクに

もうおわかりですね。どんなときでもマインドフルネスは実践できます。例えばお皿を洗っているときに不安が浮かんだら、洗剤の泡の手触り、水の温度、勢い、スポンジの触感、弾力……に集中します。

歩いているときも同様です。足の指が地面を蹴る感覚、かかとが地面をとらえる感覚、歩く道の様子、路面の凹凸、道端の雑草、吹いてきた風……などに集中します。今、この瞬間に集中するために行うのは、どういったことでもいいのです。取り入れやすいものからやってみてください。

常に、今この瞬間に脳が集中することに慣れてくると、余計なことや考えても仕方のないことに脳がとらわれにくくなります。不安なことを考える時間を減らしていけるので、気持ちは自然とラクになっていきます。

また、今行っていることも、脳に浮かんでくる気持ちも客観的にとらえることができるようになるので、感情的にならずに問題の本質が見えるようになります。それに、今のことだけ考えればいいので、脳の負担もやわらげることができます。

さて私の連載は、今回で終了です。この3回でお伝えした、認知行動療法生活臨床 、マインドフルネスはあくまで手法です。

これらを使いこなせるようになるのが目標ではありません。最終的なゴールは自分を大切にすること、折れないしなやかな心を持つことです。

自分を苦しめていることに気付いたときに、お伝えした3つの手法を少しでも役立てていただけたらうれしいです。

教えてくれた人:臨床心理士・高井祐子さん

たかい・ゆうこ

神戸心理療法センター代表。公認心理師。臨床心理士。

20年以上カウンセリングに携わり、のべ1万2000人を診てきた。主に認知行動療法、マインドフルネスを用いて個人心理療法を行うかたわら、生活臨床の重要性を伝える。

最新刊に『「自分の感情」の整えかた・切り替えかた』(大和出版刊)がある。

取材・文=井口桂介(ハルメク編集部)

※この記事は、雑誌「ハルメク」2023年6月号を再編集しています

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