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- 心の安定を取り戻す「自分を気遣う習慣」の始め方
「自分をよく知ることが、心の浮き沈みを穏やかにするための秘訣です」と臨床心理士の高井祐子さんは言います。自分をよく知るには、「日々の行動記録をつけること」。自分の生活を客観的に見ることができ、自覚なく突然心がポキっと折れる事態を防げます。
教えてくれた人:臨床心理士・高井祐子(たかい・ゆうこ)さん
神戸心理療法センター代表。公認心理師。臨床心理士。20年以上カウンセリングに携わり、のべ1万2000人を診てきた。主に認知行動療法、マインドフルネスを用いて個人心理療法を行うかたわら、生活臨床の重要性を伝える。最新刊に『「自分の感情」の整えかた・切り替えかた』(大和出版刊)がある。
自分に興味を持つことが「心が折れる」を未然に防ぐ
50代、60代のみなさんは周囲を気遣うことはよくできても、自分を気遣うことが意外と苦手ではないでしょうか。それゆえに、心のマイナスの変化にも、なかなか気付くことができないかもしれません。
気付いたときには、すでに心がポキッと折れてしまった状態……というのは実に多いことです。そうならないために、日頃から“自分”を気にする習慣をつけていきましょう。
前回は、その方法の一つとして「認知行動療法」を紹介しました。認知行動療法では、自身の思考や行動のクセが、弱った心と体にどう影響しているかを把握して、マイナスの影響を与えないように思考や行動のクセを変えていくものでした。
ところが、考える力が低下していたり、疲れやすい人は、思考や行動のクセを振り返るのが実は難しかったりします。そこで私は、認知行動療法を行える一定レベルの心の安定や、体力を取り戻すための手法として、「生活臨床」をカウンセリングに取り入れています。
体の病気のとき、医師は「睡眠を取れていますか?」「規則正しく食事をできています?」という問診から診断を下しますが、心も同じ。生活臨床では、睡眠、食事、運動といった生活習慣からこころが弱っている要因を探り出すのです。
その影響は、急激ではなく緩やかですから、なかなか気付けないものですが……。生活を振り返り、少しずつ修正していくことで、心の安定を取り戻すのが生活臨床です。みなさんもぜひ、これを機に自分を振り返ってみてください。
心も体も元気!という人ほど見直すべき生活習慣
生活臨床で目指したいのは、規則正しい生活です。健康のためにはあまりにも当たり前のことですが、これができていないのが私たち現代人なのです。
特に 睡眠です。シニア世代の睡眠時間は本当に短いのです。
どうも前向きになれない方はご自身の睡眠時間を振り返ってみてください。「意外と寝てないな」と気付きがあったとします。そこで睡眠時間を確保するために夜10時前に寝ることにします。
そうしたら今度は、時に寝るためにはどうしたらいいかを考えます。8時に食べていた夕食の時間を早めたり、または食後にだらだらとスマホを触ったりテレビを見ていた時間を短くして、パパッと食器を洗って早めに入浴して寝床に入ろう……など。
睡眠を基点にすると、生活全体を見直せることが多いです。さらに、6時に目覚ましをかけよう、と翌朝のことまで考えられます。こうして一日のサイクルが出来上がります。
その上で、朝ごはんをしっかり食べ、午前中に散歩をして日光に当たったら、生活リズムは整っていきます。この生活は、私たちの心の安定に必要な幸せホルモン=セロトニンの分泌をうながします。
そして、このセロトニンからは睡眠ホルモンのメラトニンが分泌され、いい睡眠に結びついて……と、こころが安定するサイクルができるのです。
実はこれは、「こころも体も元気よ!」という方にもおすすめしたいことです。やってみると、よく眠れていないことに気付く方も多いはず。早めに気付けば、あるときポキッと心が折れてしまうことを未然に防げます。
行動を記録することで生まれるご自愛対策と効果
さて、行動記録を取ると、生活リズムが整う以外にも、いいことがあります。
自分の気分の上下が、どんな出来事と連動しているかわかったりします。気分が落ち込む前日には、息子夫婦が来ていたなどと見えてくるかもしれません。孫と会うのはうれしいのに、食事の準備や一緒に遊ぶことで疲れてしまい、後になって気分が落ち込む、とか。
嫌なことがあれば落ち込むのはわかりやすいですが、うれしいことであっても実はこころの健康を左右することに気付くはずです。これがわかれば、息子たちとの食事は外食に変更したり、疲れてもいいように翌日の予定を空けておいたり、対策も取れます。
あるいは、行動記録から自分のことをないがしろにしていることに気付くかもしれません。菓子パンやおにぎりで食事を済ませることが続いたり、風呂掃除が面倒で入浴の回数を減らしていたり。どちらも不調の要因になります。自分のことにもっと気を使ってください。
そして、ちょっとしたことでもねぎらって、ゆっくり入浴したりして自分に栄養をあげましょう。自分を気に掛けるのは、自分に愛情を注ぐことでもあります。自分という花を育てるように大事にしてあげましょう。
自分も周囲もツラくなる「考え方のクセ」を手放す
さて、生活サイクルを振り返っても偏ったところがなく、とてもしっかりしている。それなのに、何だか心はモヤモヤ……。
そういう人は、自分の考え方のクセを振り返りましょう。何でも、「こうでなければいけない」「しなければいけない」「やるべきだ」と考えてしまったりしていませんか?
これらは、「マスト思考」や「べき思考」と呼ばれる考え方のクセで、シニア世代に多いパターンです。
戦争を経験した親のもと、自由な振る舞いをよしとしない社会で育つと、いつ誰に見られているかわからないから、常にちゃんとしなければと考えるようになってしまうのです。緊張感が持続する毎日で、疲れてしまいます。
「べき思考」の人がつらいのは、自分に厳しいだけでなく、他人にも同様に厳しいところ。
相手がいい加減なことをしていると、自分はちゃんとやっているのに……とすごく腹が立ってしまいます。
でも、考えてみてください。今は、時代は変わり、かつてのように周囲の人が「べき思考」の人ばかりではありません。
「自分ばかり……」と思わずに、相手と自分は違う。相手はゆるいかもしれないけど、別にそれはそれでよしと考えて、そして、「まあいっか」を口ぐせにして、おおらかに物事を受け入れてみてください。
ちゃんとすることをやめたのよ——70代の母の宣言
70代の私の母は、ある日、「もう、ちゃんとすることをやめるわ」と宣言しました。
「しっかりしなきゃ、きちんとしなきゃとがんばってきたけど、もういい加減にやっていくことにしたの」と。
これまでの人生を振り返って考えたのでしょう。何でもかんでも段取りをしていた完璧な母が、ガラッと変わったのです。そうしたら、「あんたの人生だから」って、あれこれ私に言わなくなり、考え方の違いで議論することがなくなりました。
元来、「べき思考」ですから、ちゃんとしていないことが目に付いて言いたいことは山ほどあるのでしょうが……。「ちゃんとしないようにしよう」と自分に言い聞かせているのでしょうね。でも、「ちゃんとしないようにすべき」と思うくらいが、ちょうどいいバランスが取れるかもしれません(笑)。
「べき思考」のまま年を取るのは実は大変なことです。体の痛みや、体力・気力が続かず、自分で決めた「やるべき」ことを完璧にこなすのが難しくなってしまうからです。ちゃんとできないことがあれば、「まあいっか」と口に出して考え方を変えていきましょう。
こうして自分を振り返り、軌道修正を続けることで、ダラダラし過ぎでも、しっかりし過ぎでもない、ほどよいバランスの生活や考え方を見つけていくことができ、ポキッと折れない心をつくることができるでしょう。
次回は、自分の体と対話するマインドフルネスについてお話しします。
取材・文=井口桂介(ハルメク編集部)
※この記事は、雑誌「ハルメク」2023年5月号を再編集しています。
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