「さつまいもの天ぷら」横山利子さん
2024.09.302021年12月30日
通信制 青木奈緖さんのエッセー講座第3期第2回
エッセー作品「父の涙」箱崎雅子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。箱崎雅子さんの作品「父の涙」と青木さんの講評です。
父の涙
私の父は素敵な人でした。背が高く、ハンサムで明るくって大好きな父でした。
北海道の病院の看護師だった母が患者の父に一目ぼれした話は叔母から聞きました。
2人は結婚して函館の町でミルクホールを開きましたが、失敗だったそうです。その後満州に渡って、父は軍属として働き、母は助産師をしていました。
私と妹は満州の斉斉哈爾(チチハル)という所で生まれました。
私たち姉妹は夕方父が帰ってくるころになると、いつも玄関の外で待っていて、父の姿が遠くに見えると駆け寄って行って手をつないで家に入るのでした。
そして父のカバンの中には必ずおみやげが入っていました。父が「今日はないよ」といっても信じませんでした。おみやげは必ずカバンの中にありました。
終戦になって、私たち家族は内地に帰って、父の故郷である、鳥取県東伯郡以西という所まで蒸気機関車で行きました。
赤崎の小さな駅に着くと、祖父が荷馬車で迎えに来てくれていました。
祖父からもらった小さな桃を握って馬車に揺られ、山を越えて父の里に着きました。そこには父の両親と父の兄の家族、総勢10人が住んでいました。
母はその家で私たちに忘れられない思い出を残しました。
ある夏の夜、私たち家族が与えられていた部屋に蛍が1匹舞い込んできたのです。
母が大喜びして、うちわを持って追っかけまわし、はしゃいでいる姿をみて、いつもの母らしくない様子に父も私たち姉妹も驚いてしまいました。
はかない命の蛍を嬉しそうに追いかけていた母、あれは一体なんだったのでしょう。
このことがあってすぐ、結核にかかっていた母は、鳥取病院に入院しました。
父は東京へ働きに出ていたので、私と妹の2人はそのまま父の実家でお世話になっていました。
大家族の生活にもじきに慣れて、毎日元気に野山を走り回りました。
父は時々大きなリュックを背負って帰ってきて、数日後にはまた出かけて行くという、幼い私たちにはちょっと寂しい暮らしを1年程したころのことです。
久しぶりに帰ってきた父を囲んで、みんな揃って夕食を食べたあと、父は私と妹を別室に連れて行き、膝にのせて話し始めました。
「おかあちゃんは天国へいったよ」それは母が死んだことだとすぐ分かりました。私と妹は父にしがみついてワーッと泣きました。
泣きながら見上げたら父も泣いていたのです。初めてみる父の泣き顔でした。
私はその父の泣き顔を見て、とても美しいと思いました。
母を亡くした自分の悲しみよりも、最愛の妻を亡くした父が可哀そうでたまらなかった。
私はまだ小学校にも入らない小さな子供で、父の頬を伝って流れる涙を眺めながら泣き続けました。
青木奈緖さんからひとこと
書き出しの一文に強烈なインパクトがあります。お父様について、迷いなくこの文から作品を始められるということ自体、とても幸せなことですし、書く技術としても、ここまで思い切り良くはなかなか書けないものです。
ミルクホールや満州のチチハルなど、時代を感じさせる印象的な言葉が前半に使われていますが、そこに深入りすることなく話を進め、お母様の蛍のエピソードからは悲しいおとぎ話のようです。
この作品は全体を通して「です、ます」調で書かれており、最後から二番目の一文だけ「たまらなかった」となっています。
普通、「です、ます」調と「だった、である」を混ぜて書くと不自然になりますが、ここではとてもうまく感情的な強調表現として使われています。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。書いていて疑問に思ったことやお便りを作品と一緒に送り、選ばれると、青木さんが動画で回答してくれるという仕掛け。講座の受講期間は半年間。
現在第3期の講座開講中です。次回第4期の参加者の募集は、2022年1月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始します。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから
■エッセー作品一覧■
- 青木奈緖さんが選んだ4つのエッセー第2期#6
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#1
- 青木奈緖さんが選んだ3つのエッセー第3期#2
- エッセー作品「よく噛んでお食べよ!」勝矢和代さん
- エッセー作品「父の涙」箱崎雅子さん
- エッセー作品「お引き合わせ」古河順子さん