「種種雑多な世界」水木うららさん
2024.11.302021年02月26日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第5回
エッセー作品「千枚の原稿用紙」まりもさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今回募集した作品のテーマは「鍛える」です。まりもさんの作品「千枚の原稿用紙」と山本さんの講評です。
千枚の原稿用紙
昨今のコロナ禍中に暇を持て余し、断捨離に励んでいると段ボールに原稿用紙の束を見つけた。
返却された、遠い昔の夏休みの宿題などではない。
これらはすべて、母に提出したものなのだ。
母の教育方針は「子供は子供らしく」の一言に尽きた。そしてその延長線上に「子供に贅沢は禁止」が見え隠れするのだが、贅沢の守備範囲は存外に広く、物だけとは限らなかった。
例えば――。
そろばん教室に通う。ペットを飼う。連続ドラマを見る。友人の家に泊まりに行く。文化祭の打ち上げで遅くなるとき門限を十時に延長してもらう。 こんな事ごとも対象となった。
なにをねだるにせよ、まずは母にお伺いを立てるわけだが、母の返事は決まっていた。
「どうしてそうしたい(それが欲しい)のか、お母さんにわかるように原稿用紙3枚に書きなさい」
普通は親にどう切り出すかで思案するものだろうが、我が家の場合は「どう書き進めたもの か」と起承転結を頭の中でざっと組み立てるわけだった。
後にも先にも忘れがたい一件がある。
3つ年上の姉が高校受験の為に進学塾に通いたいと頼んだ時のこと。原稿用紙の指定枚数が3枚から10枚に跳ね上がった。
3日間の猶予が与えられたにも拘らず、姉はその日のうちに一気呵成に仕上げてみせた。
普段なら、提出した数日後に批評と添削の時間が待っていたが、母はその場で一読したのち、こう言った。
「明日、手続きをしていらっしゃい」
まさに奇跡の一発合格。
そして当時の私は姉が、「受験対策は学校の授業で十分」と考える母に翻意させるだけの理由を連綿と書き綴ったに違いないと思っていた。
思い起こせば、私達の願いは驚くべきことに、一度たりとて却下されることはなかった。母は私達の理由に判断の拠り所を求めたのではなかった。
なぜなら母の答えは決まっていたのだから。
極論を言えば、理由に意味は無かったろう。
ただ、その理由を軸に「どう説得力を持たせ、いかに書き上げるか」、それこそを問うていたのだという事に、私は長く、思い至らなかった。
提出した原稿用紙は姉妹合わせて、ゆうに千枚は下るまい。母と原稿用紙をはさんでの面談は例外なく荒れた。辛辣な指摘に口答えし、書き直しに泣き、母の眼前で辞書を何度引いたろう。
それでも。母は最後の最後に特大の花丸をつけ、必ずゴーサインをくれたのだ。
「さあ、買っていらっしゃい」
「さあ、行っていらっしゃい」
「さあ、楽しんでいらっしゃい」
山本ふみこさんからひとこと
お母さまの魅力がよくよく伝わります。かっこいいなあ、とため息をつきました。
近しいひとを描くというのは、なかなかにむずかしいものです。まずは何もかもを書こうとしないこと。人物の一面を切りとるのには、覚悟も必要になるというわけです。
さて本作ですが、結びにはうなりました。素敵です。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次回の参加者の募集は、2021年6月に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
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