「種種雑多な世界」水木うららさん
2024.11.302020年10月05日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第1回
エッセー作品「ゆっくり歩く」葵トモエさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーを、5作品ご紹介します。募集した作品のテーマは「音」です。葵トモエさんの作品「ゆっくり歩く」と山本ふみこさんの講評です。
「ゆっくり歩く」
「ゆっくり10歩あるくこと。」
ある人のYouTubeを見ていた時に私の心になぜか残った言葉だった。4月から始めたのが夜のウオーキングだ。コロナ禍のもと、長年通っていたヨガにも行けず、運動不足を感じ、毎晩9時過ぎに近所を40分位歩くことを日課として4カ月近くなる。ダイエット効果も狙って、しっかり手を振って、ノリのいい音楽を聴きながら、自分の中で最大限「早く」歩くことを基本とした。大阪で働き、出張も多い私は、いつも電車の乗り継ぎの時刻を調べ、無駄を減らし、最短最速で歩くことを日常としていた。駅の上りのエスカレーターではじっと乗っている選択肢はない。とにかく少しでも前に「動く」ことが私の性分でもある。
「ゆっくり……」という言葉が貧乏性の私には、違和感があった。そしてあこがれの言葉でもあった。前述のYouTubeの画面のKさんは「生命力を高めるためにゆっくり歩くこと」を説明していた。現金な私には「生命力を高める」というキャッチがついていたことがゆっくり歩くことを試すきっかけになった。
ある日、その言葉を思い出し、玄関を出てゆっくり10歩を踏みしめて歩いてみた。一歩、また一歩、いつもの何倍もの時間をかけて……。そして……。「ああ、そうだったのだ」とその意味を知る。一歩ゆっくり歩くと、これまで聞こえなかった音が聞こえ始めたのだ。自分の靴が地面を踏みしめる音、シマトネリコの葉っぱが揺れる音、自分のスポーツパンツの擦れる音、用水を流れる水の音。近所の家の食器の音。歩く時に風が顔に当たる音。電車が遠くを走る音。いつもいつも聞こえているはずの音だけれど、ひとつひとつの音が自身の存在を主張しつつ、私の中に入ってきた。おお、そこにいたのか……という感じでその音たちは私の中に訪れた。そしてそれと共に、私自身の景色にも色がついてくる。
ゆっくり歩くと音に出会える。そして音に出会うと、見える世界が変わってくるのだ。聴こえると見えてくる。これまで切れていた私の周りの世界がこの10歩でつながりはじめる。ああ、これが生命力? と妙に納得する。
仕事では人の話を聴く機会が多い。この音の出会いと通じる何かを感じる。人の話を聴く前に、10歩ゆっくり歩いている自分を想像したい。その人を見る、その前に、その人の音を聴こうとしたら、どんな見え方になるのか。
ゆっくり歩いて得た「音」は私に何かを教えようとしている。
山本ふみこさんからのひとこと
この作品には、「書いてゆこうとする」わたしたちにとってのめあてが記されている、と思いました。ものの見方、とらえ方です。
これまでの見方とらえ方を、変えてかからないと、作品は生みだせないかもしれません。
本作のなかの、
「ああ、そうだったのだ……」
「これまで聞こえなかった音が……」
のくだりはうつくしくて、どきりとさせられます。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次回の参加者の募集は、2020年12月10日(木)に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
■エッセー作品一覧■
- 山本ふみこさんエッセー講座(通信)参加者の作品#1
- エッセー作品「蝉の声」むらかみちかげさん
- エッセー作品「猫の音」高嶋美行さん
- エッセー作品「悠々と逃げる」勝矢和代さん
- エッセー作品「女優畑」池澤礼子さん