「種種雑多な世界」水木うららさん
2024.11.302020年10月05日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第1回
エッセー作品「蝉の声」むらかみちかげさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーを、5作品ご紹介します。募集した作品のテーマは「音」です。むらかみちかげさんの作品「蝉の声」と山本ふみこさんの講評です。
「蝉の声」
「におい」はその人の記憶に強く長く残るということを聞いたことがある。
「におい」がきっかけで昔の記憶や情景を思い出すことは誰しも経験があるのではないだろうか。
「音」にも同じようなことが言えるのではないかと思う。
今年も蝉の音を聞く季節となった。
父はうるさいくらいに蝉が鳴く庭で、蝉の抜け殻を拾ってきては私に見せた。そういうものが苦手な私は、いつも悲鳴を上げて逃げ回っていたが、「こんなかわいいものはないぞ。」と言って、そんな私のことをいつも笑った。
蝉の鳴き声をカセットテープに録音して聞いたりもしていた。
「蝉は長い間土の中にいて、出てきてたった1週間のはかない命を一生懸命生きている。蝉の鳴き声を聞くと、自分も頑張ろうという気になる。」と父が言っていたのを覚えている。
移りゆく夏とともに、変わっていく蝉の鳴き声についてもよく教えてくれた。
父にとって最後の夏、病室には蝉の鳴き声が遠くに聞こえていたけれど、
日々弱っていく父は、何も聞こえない、と言う。
私は少しでも父の元気が出ればと、庭で蝉の音を録音して持っていった。耳元で聞かせると、父は何度も「ありがとう。ありがとう。消したらいかんよ。」と、小さいけれど、精一杯の声で喜んでくれた。
父は蝉の音を聞くと、遠い記憶の中にいつも何かを思い出していたのだろうか。今となってはわからない。
2020.8
山本ふみこさんからのひとこと
素敵なお父さまだなあ、と思いました。
虫好きのわたしは、お父さまが蝉の抜け殻を拾ってきて見せる場面で、うっとりします。じつはこういうことって大事なんじゃないかな。親が子に虫を紹介するようなことが、です。
どの作品も、作家自身に音読していただきたいと、わたしは希(ねが)っています。このような作品は、なおさらです。お父さまに向かって大きな声で読んでさしあげてください。 ふ
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次回の参加者の募集は、2020年12月10日(木)に雑誌「ハルメク」の誌上とハルメク旅と講座サイトで開始予定。募集開始のご案内は、ハルメクWEBメールマガジンでもお送りします。ご登録は、こちらから。
■エッセー作品一覧■
- 山本ふみこさんエッセー講座(通信)参加者の作品#1
- エッセー作品「ゆっくり歩く」葵トモエさん
- エッセー作品「猫の音」高嶋美行さん
- エッセー作品「悠々と逃げる」勝矢和代さん
- エッセー作品「女優畑」池澤礼子さん