「種種雑多な世界」水木うららさん
2024.11.302023年09月25日
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第6期第6回
エッセー作品「あたらしい決まりごと」栞子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月のテーマは「誕生日」です。栞子さんの作品「あたらしい決まりごと」と山本さんの講評です。
あたらしい決まりごと
この数年、すっかり年齢を忘れて暮らしている。
わざわざ聞かれることもなくなったし、こちらからわざわざばらすこともない。
それでも必要に迫られると、本当に思い出せず、どきっとしたり。
二十歳 になれば運転免許が取れるしお酒も飲める。
早く大人になりたかった学生時代。
二十歳になったとたん、当たり前のように教習所に通い、すぐにお酒も楽しみだした。
向き不向きなど考えず、そうするものだと信じて疑わなかった若いわたし。
最初の2時間くらいで車の運転には向いていないことに気づく。
極度の怖がりのクセに、なぜ免許を取ろうと思ったのか。若いとはおそろしい。
無事に免許は手にしたけれど、あこがれの一人ドライブなどゆめのまたゆめ。
いまは立派な写真付き本人確認書類としての役目をはたしてくれているので、まあいいか。
お酒では、たくさんの失敗を重ねてきた。
まわりに迷惑をかけたことや、思い出したくもない記憶も数知れず。
ひどい二日酔いで二度と飲むまいと誓っては、コロッと忘れてのくりかえし。
夫もよく飲むひとなので、2人の息子たちもそんなところは似てしまった。
4人で楽しく飲めるようになったので、わたしの数々の失態もむだではないはず。
子どもたちが巣立ち、単身赴任の長かった夫が最近帰ってきた。
久しぶりの、よく考えれば新婚以来の夫婦ふたり暮らしが始まった。
こころもとなく感じていたひとり暮らしだったのに、案外どっぷりつかっていたことを思い知る毎日。
夫の早起きになかなか慣れず、朝晩どんな料理を作っていたかも思い出すまでばたばたする。
そもそも、きちんとした料理をしばらく作っていなかった。
自覚があるほどひとりごとが増えていたわたしには、家の中にはなし相手がいるだけでうれしい。
自炊の腕がまったく進化しなかった夫は、時間になれば用意されるかんたんな料理にさえ感動する。
すべてをもとに戻さなくてもいいと気づくのには、すこし時間がかかった。
夫の姓にかわって今年で30年。
そりゃ年齢も忘れるはずだ。
すっかり忘れていることはそのままにして、あたらしい決まりごとをためし始めている。
山本ふみこさんからひとこと
すべてをもとに戻さなくてもいいと気づくには、すこし時間がかかった。
ここを読んだとき、深く嘆息しました。うっとりと深く。
ほんとうにそうだなあ、と。
書き手は、こんな1行を生みだすために、書き手なのだと思うのです。
この作品にはそして、続編が必要です。
「あたらしい決まりごと」について、ぜひ書いてくださいましね。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
募集については、2024年1月頃、雑誌「ハルメク」誌上とハルメク365イベント予約サイトのページでご案内予定です。
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