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- エッセー作品「思わぬ遺品」三澤モナさん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月のテーマは「誕生日」です。三澤モナさんの作品「思わぬ遺品」と山本さんの講評です。
思わぬ遺品
母が亡くなってかなり経ってから、母の遺品の中に、それを見つけた。
小さな冊子。
紙の質はざらざらしていて、全体が薄茶色に変色している。
わずか20ページの薄さ。黒と緑の二色刷りの表紙には、母鳥とヒナを囲む花の絵がある。旧漢字の保健所の朱印はかすかに読み取れる。
几帳面な母の字で、父と母の名前があり、それに挟まれて真ん中に私の名前がある。
それは、現在72歳になる私の「母子手帳」である。
誕生日の2か月前の交付だ。
忙しい母が、大きなおなかを抱えてやっと申請に出かけたのだろうか。
「お産の記事」のページには、出生時の性別、体重の他は、「母子異常なし」とあり、助産婦(助産師)の名前と印がある。他に、母の実家の村の村長名で「出生届出済証明」がある。
72年前の助産婦さん、役場の人、保健所の人など、記憶にはない人や場面をセピア色で思い浮かべる。
生まれた記録の後、成長記録、予防注射の記録などは書かれていない。
その空欄は、母の忙しさを物語っている。
10人兄弟姉妹の長男だった父は、祖父が始めた製材業を引き継いだ。
母は大家族の主婦であり、製材業の事務担当者だった。
私の生まれる3年前に姉が生れており、周りは「次は跡取りの男の子!」と期待したらしいが、元気いっぱいの女の子が生まれた。
そして私の2年後もまた女の子で、三姉妹になるのである。
母子手帳がきっかけで、久しぶりに机の上の父母の写真と会話し、思い出に浸った。
「えずこ(註1)に入れて外に出しておくと、日がな一日、人や車を目で追って……全く手がからない子だったよ。」
「父さんのあぐらに座ると挽屑 (ひきくず 註2)とたばこの匂いがした。あの匂いがなつかしい」
「ほお」
「よく怪我をしたけど、そんなときだけは母さんを独り占めできるのがうれしかった」
変色した母子手帳を手にして、ふだんは忘れていること……自分が赤ちゃんだったという事実が立ち現れて、不思議な感覚だった。
註1:えずこ……主に東北地方の農家で使われた、わらで編んだ丸い大きな籠。赤ちゃんを入れて、布で囲んで押さえる。「えじこ」とも言った。
註2:挽屑(ひきくず)……木をのこぎりで挽いた屑。おがくず。
山本ふみこさんからひとこと
対話の場面に、惹かれました。「三澤モナ」の世界そのものです。
さて、だからこそ、お伝えしたいことがあります。
この作品の書きだしは、こうなっていました。
母が亡くなってかなり経ってから、母の遺品の中に、思いもよらぬものをみつけた。
思いもよらぬもの→ これは、書き手の思い入れなのです。
「思いもよらぬもの」というつよい表現を使いたくなるのをがまんして、ここは淡淡とゆきたいところではないでしょうか。
母が亡くなってかなり経ってから、母の遺品の中に、それをみつけた。
書き手は、おおげさにならぬように、気をつけながら綴るがよいと、わたしは考えています。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
募集については、2024年1月頃、雑誌「ハルメク」誌上とハルメク365イベント予約サイトのページでご案内予定です。
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