【50代女性タイプ4】自分の価値観が一番大事!

50代・現実主義な我が道を行く女性の人生観・恋愛観

2020/01/19

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ひと口に50代といっても、さまざまなタイプの女性がいる。今回は「我が道を行く現実主義女性」について解説しよう。バブル崩壊に敏感に反応し、自分の価値観を作り上げていったタイプといえるだろう。

50代・現実主義な我が道を行く型女性の人生観・恋愛観

大手企業に就職すれど……入社後すぐにバブル崩壊

就職

バブル時代を経験した女性たちの中でも、バブル崩壊に敏感に反応して、いち早く「自分の価値観」を作り上げていったのがこのタイプの女性かもしれない。周囲からの評価を気にせず我が道を行く姿には力強さと孤高感さえ感じる。

就職の段階ではバブル真っ盛り。入社した金融関係の会社では、周りはみな羽振りがよかったとサトコさん(仮名・53歳)は振り返る。

「社会人ってこんなに楽しいんだと思うくらい、週末は必ず先輩に連れられて湾岸地域の一風変わったレストランや麻布あたりのバーなどへ繰り出していました。仕事は忙しかったけど、入ってすぐのボーナスも大金がもらえましたし、その夏休みに海外旅行をしたのを覚えています」

ところが入社2年でバブルが弾けた。そして会社は合併や統合を繰り返した。辞める同僚が続出し、彼女が憧れていた先輩たちも、みな出向したり辞めていったりした。

「私ももう金融業界には未来がないと思うようになりました。私はたまたま広報部門に配属され、仕事は楽しかったけど金融自体にはあまり興味もなかったし。ここで頭を切り換えないと今後、世の中の流れについていけなくなると怖くなりました」

バブル崩壊を目の当たりにして、価値観を変えた人と変えられなかった人との間には、その後の人生で大きな違いが出たのかもしれない。

一生続けられる「看護の仕事」を学び直す

看護師

サトコさんは26歳で会社を辞めた。地味でもいいから一生続けられる手に職をつける仕事をしたいと心から思ったと言う。

「そこから看護学校に入り直しました。その数年前に父が入院していたこともあり、看護師の仕事ってやりがいがありそうだと思ったので」

とある大病院付属の看護学校に編入した。学費は貯金と親からの借金だ。年齢的にも後がないと決め、ひたすら勉強に励んだ。

「バブルの頃はヘラヘラと遊んでいましたが、看護師になりたい気持ちが強かったこと、実際に勉強してみたら意外と向いていたことで、必死に勉強することができました」

国家資格にも受かり、30歳を前にして看護師として働き始めた。人の生死に直結する仕事の中で、彼女の価値観はさらに変わっていった。

「大事なのは人の命。だけど実際、看護の仕事をしているとそれぞれの家族の確執を目の当たりにすることもあるし、治療費が払えずに困り果てている人もいる。人は何のために生きているのかを真剣に考えたりもしました」

彼女は、病院で尊敬できる先輩に出会い、さらなる看護の道を究めていきたいと思うようになる。

「いつか大学院に行ってもっと勉強したいと目標を定めたんです」

結婚と出産を経て。義母のサポートに恵まれるも離婚

結婚・出産

33歳のとき、看護師の友人からの紹介で2歳年上の会社員と出会い結婚。すぐに妊娠して双子を産んだ。
「子どもを産んで母になって、ますます仕事への意欲は高まりました。産科で仕事をしたいと思ったりもしました。30代のうちに将来への布石を考えておかなければと思いましたね。先々の見通しを立てて動こうとするのは、バブル崩壊で得た教訓かもしれません」

双子を育てていくのは大変だったが、夫の母親がとても協力的だった。実母は体調がすぐれなかったので、その時期、「本当に義母にはお世話になった」と彼女は言う。

一方で、夫との協力体制はうまくいかなかった。義母がよく手伝ってくれるため、夫に父親としての自覚が芽生えにくかったのかもしれない。子どもが小学校に上がる頃には、夫と一緒に暮らす意味を考え直すようにまでなってしまった。

「夫はどうやら他に好きな人ができたようでしたね。ただ、それに関して私は嫉妬するような情熱さえなかった。このまま夫と一緒にいるメリットもなく先が見えないし、離婚しようと私の中ではすんなり決めていました。ただ、夫に『きみは何事にも現実的すぎる。一緒にいても心が安まらない』と言われましたときはハッとしました」

ただ、義母はなぜかサトコさんを支持してくれ、離婚後も小学校に上がってからの子どもたちの面倒をよく見てくれた。義母の後押しもあって、40歳を過ぎてから大学院へ入学。仕事をしながら看護の最先端を勉強し続けた。

「夫が言う通り、よくも悪くも現実的なんでしょうね。それ以来、ろくに恋愛もせず、自分の道を貫いています。でも、看護の仕事について本当によかった」

看護の仕事

現在は、後輩の指導がメインになっているが、やはり病棟で患者さんと接するのが一番好きだと彼女は言う。

「バブルが弾けた後、自分の道が見つかったことが私の最高の幸せだと思います。今は子どもたちも大学生になり、義母とは近所に住んで行ったり来たりの生活。元夫は再婚して遠方にいるので、将来何かあったときは義母のサポートはしようと思っています」

別れた夫の母親と今も仲良くし、最後は面倒を見ると言い切るサトコさん。現実的ではあるが、決して冷たい女性ではない。

「我が道を行く」タイプは、周りの評価を気にしない。常に評価軸は自分の中にあるからだ。

このタイプの女性たちを見ると、離婚率が高いようにも思う。やはりバブル崩壊後、いち早く価値観を再構築した女性たちは、「あの頃はよかった」と昔を懐かしんでばかりいる男性たちとは、一緒に生活していけないと感じるのかもしれない。

取材・文=亀山早苗



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亀山早苗

東京生まれ。明治大学卒業後、フリーランスのライターとして雑誌記事、書籍の執筆を手がける。おもな著書に『不倫の恋で苦しむ男たち』『復活不倫』『人はなぜ不倫をするのか』など。最新刊は小説『人生の秋に恋に落ちたら』。歌舞伎や落語が大好き、くまモンの熱烈ファンでもある。

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