寂聴さん生誕100年に映画公開・中村監督が語る#2

瀬戸内寂聴さんの終末「老いと死と孤独」を見届けて

公開日:2022/06/15

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「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」は、2022年の瀬戸内寂聴生誕100年を記念して公開されたドキュメンタリー映画です。監督の中村裕さんが、17年間密着して見てきた寂聴さんの「老い、孤独、死」との向き合い方を語ってくれました。

瀬戸内寂聴さん
(c)2022映画「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」製作委員会

「でも、いのちが足りない」

2021年11月9日に亡くなられた瀬戸内寂聴さん、ご存命であれば2022年5月に100歳を迎えられていました。生誕100年を記念して公開された映画「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」では、大勢の人々の前で法話をするカリスマ性あふれる寂聴さんだけでなく、原稿用紙に向かい命を削るように筆を走らせる寂聴さんの姿、そしてコロナ禍で人生の終わりを迎え入れていく最晩年の寂聴さんがひたすらに映し出されます。

「あなたにだけ見せているのよ」と、寂聴さんから言われていた監督の中村裕さんは、晩年にどんな寂聴さんを見てきたのでしょうか。

監督の中村裕さん
監督の中村裕さん

「2014年に寂聴先生が骨折とがんを患い、回復されて以降、いよいよ終活に入っていくところを撮ることになるんだろうなと思いました。老いをどう受け入れていくかは重要なテーマですが、先生は簡単には受け入れないだろうと想像していたんです」

17年間、傍で寂聴さんを見てきた中村監督は、映像を編集していて初めて気が付いたり思い至ったりすることも多くあったと言います。

「寂聴先生が最も大切にしてきた“書くこと”は、想像以上に体力を使う重労働です。年々体力が落ちて、『書きたいものはあるけど、もう書けないだろうな(書く力は残っていないだろうな)』と自問自答されていました。

自分の家族のこと、ご両親のことを含め書くテーマはいくらでも湧いてきたようで、ときどき夢に見ては朝起きて『絶対面白いものになる』とうれしそうに話されていました。ですが、最後まで書き通せないだろうと断念せざるをえないところがあったのでしょう。僕に話すときは、すでにある種の諦念ともいうような、来るであろう終末を受け入れている印象でした。

映像を見直していて、寂聴先生が『でも、いのちが足りない』とおっしゃるのが染みました。我が身のその桎梏(しっこく)のようなものを、シビアに感じていたんだろうと思います」

昨日できたことが、今日はできない…

映画の中には、寂聴さんがリハビリに励む日常のひとコマがあります。ヘルパーの介助で全身のストレッチを施した後、立とうとするのですが、寂聴さんは一人で立てません。

昨日できたことが、今日はできないーー。それは寂聴さんに限らず誰にとっても、老いの現実を知るつらさであるはずです。

「撮っている最中は気が付かなかったのですが、映像を見ると寂聴先生は笑っていらっしゃるんです。それが、先生らしさなんですね。寂聴先生は、基本的にすべてをポジティブに受け止める方ですから」

周りに心配をかけまいとする気配りもあったのでしょう、と中村監督は付け加えます。「誰かがいるときは、笑っている方でした」

昨日できたことが今日できない

その一方で、気配りの寂聴さんは映画の中で「迷惑をかけた」と顔を覆って泣いてもいます。

「コロナ禍、東京のスタッフと寂庵を結んだオンライン取材でのことです。ふと、自分のぼーっとしている様子が画面に映ったところを見た後、寂聴先生は取材にうまく集中できなくなった。みんなに迷惑をかけた、裕さんに迷惑をかけたと嘆いて落ち込んでしまいました。
実際は誰も迷惑なんて思っていないんです。でも、寂聴先生の美学においては許せなかったのでしょう。日ごとに寂聴先生が感じておられたであろう“昨日できたことが、今日できなくなった”ことへのショックも、ないまぜになっていたんでしょう」

誰にも開けられない「孤独」という扉

ある日の寂庵での法話
ある日の寂庵での法話。(c)2022映画「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」製作委員会

2011年10月、東日本大震災後の岩手で、寂聴さんは被災した大勢の人たちの前で青空説法を行っています。中村監督も同行しました。

「寂聴先生をひと言でいうならば、人を思う力のある方でした。説法の会場で、つらいことを背負った人が発言をすると、『同じような体験をした人、手を挙げて』と会場に投げかける。つまり、あなたは(私は)一人じゃない、という気持ちに会場全体が自然になれるんです。みんながあなたの話を聞いて、みんながあなたを応援してくれているのよ、という空気が寂聴先生によってつくられて、マイクを握らなかった人も、自分も一人じゃないんだと癒やされ元気をもらえる……そうした寄り添い方は、本当に見事でした」

そして、寂聴さんはこうも説いています。

「人間は一人なんです。一人はさみしいけれど、必ず最後は一人になる。そのことを覚悟して、死ぬまで力いっぱい情熱をこめて、自分一人の人生を生き切りましょう」

あなたも私もやがて逝くんだから、一緒に逝きましょう!と、最後のひと言で会場を沸かせ、笑顔にさせることも寂聴さんの思いやりです。

「一人」の覚悟の上に生があり、死がある――。中村監督は、寂聴さんの孤独について、「先生の中に、誰にも開けられない扉があった」と回想します。「扉の奥は絶対的な孤独があって、そこで一人でものを書いていらした。孤独の時間を、先生は若い頃からとても大事にされてきたんだと思うのです」

最期まで生ききった寂聴さん

中村監督が最後に寂聴さんに会ったのは、2021年の6月。「いつものようにダイニングで話をして、じゃあそろそろ帰りますねと言う僕を、寂聴さんは席を立って見送ってくれました。珍しく、僕はそんな寂聴さんをビデオカメラに撮っていました。まさかこれが最後のお別れになるとは、そのときは思ってもいませんでした」

それから寂聴さんは体調を崩して入院。いったん退院したものの、2021年10月25日に再入院し、そのまま11月9日に息を引き取ります。

「先生は、体力的にはきつかったはずですが、持てる力を全部ふり絞って、できることの最大限をし尽くしていたと、今思います。頼ってくる人に対する思いも、ものを書くという仕事も、身近なスタッフへの気遣いややさしさも、最期まで変わらなかった気がします。心残りはなかったんじゃないですかね」

生ききった寂聴さん

「先生にとって、この17年間はどうだったかなぁ。僕は面白かった。こんなに面白い人はいないと思うくらい、一緒に居て楽しかったです。

先生とご一緒して僕に伝染したことがあるとしたら、『死ぬことはまったく怖くない』ということです。病気であれ老いであれ、きっと、今までできたことができなくなっていく喪失感を伴うでしょう、でも無理しようとは思わないし、十分生きたと実感できると思うのです」

本当は、寂聴さんが生きているうちに制作して見てもらいたかった映画。ここに切り取られた17年間には、瀬戸内寂聴さんの「情熱を込めて生ききる」生き様があります。

映画「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」

瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと

2022年5月27日より全国ロードショー!
ドキュメンタリー映画「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと

監督:中村裕
出演:瀬戸内寂聴
配給:KADOKAWA、制作:スローハンド、協力:曼陀羅山 寂庵
(c)2022「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」製作委員会

中村裕(なかむら・ゆう)監督プロフィール

1982年、早稲田大学卒業、ライオン(株)を経て85年に映像制作会社オンザロードに入社。龍村仁監督に師事。94年、CXのNONFIX「先生ひどいやんか!大阪丸刈り狂想曲」でディレクターに。2000年からはスローハンドを中心にフリーディレクターとして活動し、TBS系列「情熱大陸」では爆笑問題篇、松井秀喜篇、上原ひろみ篇、立川談春篇など26本を担当。他に、フジテレビ金曜プレステージ「最強ドクターシリーズ」、テレビ東京「土曜スペシャル」、NHKスペシャル「いのち 瀬戸内寂聴 密着500日」など多数。

取材・文=前田まき(ハルメクWEB)

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