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- 同一労働同一賃金で、女性やシニアの給料は上がるの?
「働き方改革関連法」が成立し、残業時間の上限規制など働く環境をめぐる法律がさまざま整えられることになりました。今回はパートや派遣、嘱託など、女性やシニアに関係が深い非正規雇用の待遇改善を目的にした「同一労働同一賃金」に注目します。
「高プロ」が注目された一方で……
今年の第196回国会は、森友学園の公文書改ざんや加計学園の獣医学部新設をめぐる疑惑、カジノを含む統合型リゾート(IR)実施法案などに揺れました。そして32日間の会期延長の審議の末、61にわたる法案が成立しています。
なかでも、安倍政権が今国会の最重要課題と位置づけたのが、働き方改革関連法案でした。安倍首相は「一億総活躍社会実現に向けた最大のチャレンジ」として、多様な働き方に応じて給与や待遇を改善させ、働く人の立場・視点で取り組む決意を表明しました。
働き方改革関連法案は、労働関連のさまざまな法改正をまとめたもので、「残業規制」「有給休暇」などのトピックごとに審議が進められました。なかでも集中的に審議されたのは、年収1075万円以上の一部専門職を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)でした。一部専門職の裁量労働制を拡大することに「過労死を招く恐れがある」と、立憲民主党などの野党が反対したためです。
電通の新入社員で過労自殺をした高橋まつりさんや、NHK記者で過労死した佐戸未和さんのように、長時間労働で命を落とす被害者をこれ以上増やさない法規制ができるかどうかという点が争点でしたので、このトピックに審議が集中したことは、自然の成り行きでした。
一方で、この働き方改革関連法案には、非正規社員の待遇改善を目指す「同一労働同一賃金」も含まれていました。今回は、国会ではあまり議論にならなかったこちらのトピックに、焦点をあてたいと思います。
仕事内容が同じ人は、同じ賃金をもらうべき、という考え方
「同一労働同一賃金」とは、簡単にいうと「仕事内容が同じ人は、同じ賃金を受け取るべき」という考え方によって、不安定な非正規社員の処遇改善を図るものです。
これまで非正規社員の働き方は、企業側にとっては「雇用の調整弁」としての役割が大きく、いくらがんばっても正社員と同じような待遇は認められませんでした。
しかし今回の改正法には、同一企業内の「正社員との不合理な待遇差の禁止」が盛り込まれました。同じ職場にいる正社員と非正規社員の仕事内容や、転勤や異動の範囲が同じ場合は、非正規社員にも同じ待遇を確保すること、また派遣社員には派遣先の社員と同じ待遇にすることなどを企業にに義務づけました。
非正規という働き方の問題は、90年代後半からの就職氷河期で辛酸をなめた現在30代後半~40代半ばの雇用と関連づけられる形で議論されてきました。
しかし本来、非正規の問題は、さらに幅広く女性やシニアの働き方にも非常に関連が深い事柄として捉えられるべきだと思います。
次にあげるのは、労働政策研究・研修機構(JILPT)が、総務省の「労働力調査」を経年でまとめたグラフです。棒グラフの中の「点描」の部分が非正規で働く人の割合です。男性と比べると女性に、また55歳以上のシニア層に非正規が目立っている構造が分かります。
非正規という働き方は、2000年の政府の構造改革以降さらに増加し、現在は働く人の約4割にのぼっています。
日本総合研究所調査部長の山田久さんは、著書『同一労働同一賃金の衝撃』(日本経済新聞出版社刊)の中で、戦後日本の働き方は、あくまでも世帯主である現役世代の男性が正社員として働いて収入を得る「家族モデル」で推移してきたものの、現在は世帯主でも非正規社員である人の割合が増えていることを指摘しています。
一人暮らしで生計を立てる非正規社員も増えています。定年後に嘱託になったとたんに収入が大幅に減り、不安定な収入で我慢を重ねるシニアもいます。
また、世帯主の収入が安定している家庭ばかりではありません。一般的には「家計の補助」とみられている「主婦パート」の中にも、家計の維持のために必死で働いている人が多くいます。非正規社員の待遇改善は、こうした時代の要請といえそうです。
法成立に先がけて、正社員と非正規社員との待遇格差が、労働契約法が禁じる「不合理な格差」に当たるかを争う判決が出てきています。
2018年6月には、契約社員のトラック運転手が、正社員に支払われる無事故手当など5手当が支給されないのは「不合理」と最高裁が判断しています。一方で、定年後再雇用の嘱託社員が起こした訴訟では、正社員との待遇差を容認しました。
(2018年6月2日 朝日新聞朝刊「不合理な格差」認定 非正社員の手当、初判断、再雇用の待遇差は大半容認)
正社員と非正規社員の待遇格差について、具体的にどのような差をつけることが違法になるかの指針となるのがガイドラインです。
政府は、こうした最高裁判決や専門家の意見を考慮しながら詳細を決定していくことになりますが、たたき台となる2016年12月段階のガイドラインでは、食堂などの福利厚生施設の利用、慶弔休暇、病気休職などが「同一に付与」されるべきとしています。一方で、基本給や賞与は、経験や能力の差に応じ、違いを容認しています。
手当ではなく給与水準が上がるかがカギ
一方で、重要なのは、同一企業内の小手先の待遇改善ではなく、人権保障の観点から、将来的に「正社員と非正規社員の賃金格差をなくす」方向に社会全体を進めていくことでしょう。
「同一労働同一賃金」の考え方が根付く欧州では、EU諸国では人権保障として賃金差別解消が謳われています。JILPTの別の国際比較調査(2017)によれば、日本のパート賃金は正社員の6割弱ですが、欧州では7~9割弱です。日本も欧州の程度にまで非正規社員の賃金を引き上げられれば、ある程度は人権保障に近づくといえそうです。
ただ実際には、なかなかハードルが高そうです。
『同一労働 同一賃金で、給与の上がる人・下がる人』(中央経済社刊)の著者で、株式会社「新経営サービス」の常務取締役である山口俊一さんは、日本が社会全体として同一賃金同一労働を導入していくには「年功賃金」というハードルがあることを指摘しています。
山口さんによれば、日本の給与の仕組みは、年功(=年齢や勤続年数)や家族構成など、労働内容以外の要素で給与が決定する傾向がいまだ色濃く残っています。しかし欧米では、「仕事」(職種ごと)に対して決まる給与体系(=職務給)が一般的で、「仕事」(職種)によって賃金が異なります。
つまり、欧米では「同じ仕事をしてもらうと、いくらです」と明確に給与が決められているので、同一賃金同一労働を社会として推進していくことは比較的スムーズです。
でも日本では、異動や転勤で仕事内容が変わっても「正社員の総合職」として年功賃金で給与が支払われるので、職種ごとに給与が決まる同一労働同一賃金を導入すること自体が難しい。欧米と日本とでは、給与体系の仕組みのベースが違うというわけです。
山口さんは、「もし仮に『ウチの正社員は全員総合職です。非正規社員に総合職の人はいませんので、比較対象がありません』といえば、それで通ってしまうのではないか」と、同一労働同一賃金を、実際に企業が導入することの難しさを指摘しています。
サバ缶の値上げを容認することが、賃金の値上げにつながります
もう一つ、推進のハードルとなるものがあります。それは既得権益の正社員のコストは下げづらいという点です。
山口さんは、正社員の中でも、仕事の貢献の割に「もらいすぎ」と指摘されることもある「中高年社員」「家族持ち」「定年前社員」など中高年の男性社員を例示しています。企業が「同一労働同一賃金」を進めようとすれば、こうした中高年の男性社員の給与を下げ、非正規社員の待遇改善用の原資を捻出する必要に迫られることを指摘しています。
しかし、実際にはなかなか難しい問題です。
特に、非正規社員の比率の高い小売業や飲食業などは、パートの給与を上げれば、大幅なコストアップに繋がります。
山口さんは『物価の3%の値上げによって、非正規社員の賃金を1.5倍にする』場合を提示し、「消費者も努力しないと実現しない」と指摘しています。とはいえ現実の社会は、モノの値上げにシビアです。
先日は、サバ缶が1割値上げする話題すらもニュースになりました。
しかし、正社員と非正規社員の格差解消は時代の要請ですから、社会全体で考えていかなければ本当の意味での実現は難しいといえそうです。「同一労働同一賃金」の施行は、大企業は2020年度、中小企業は2021年度から予定されています。
ふだんの買い物のときに、「パートの(私の)給与が正社員並みに上がるなら、少しくらいのサバ缶が値上げされても、別にいいんじゃない……?」などと思考をめぐらせることから、準備をはじめてみてはいかがでしょうか。
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