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目黒・5歳虐待死事件を二度と繰り返さないために

公開日:2018.08.17

更新日:2018.10.18

2018年3月東京都目黒区の船戸結愛ちゃん(5歳)が親から虐待を受け、亡くなった痛ましい事件が報道されました。全国の児童虐待対応件数は年間12万件を超え、何度も繰り返されます。こうした事件が二度と起きないために何ができるでしょうか。

もうおねがい ゆるして ゆるしてください

東京都目黒区で、父親から虐待を受けて死亡したとされる船戸結愛ちゃん。自宅アパートから見つかった結愛ちゃんのノートには、次のような両親への謝罪の言葉が残され、社会に衝撃を与えています。

もうパパとママにいわれなくてもしっかりとじぶんからきょうよりもっともっとあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします
 ほんとうにもうおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおします
 
新聞報道によると、結愛ちゃんは自ら目覚まし時計をセットして毎朝午前4時ごろに起床。父親の雄大容疑者(33歳)に命じられ、1人で平仮名を書く練習をさせられていたといいます。(2018年6月7日 朝日新聞朝刊「目黒・5歳死亡「虐待 発覚恐れ放置」より)

ほかにも自宅アパートからは、「いきがきれるまでうんどうする」「ふろをあらう」など、20項目近い決まり事が書かれた段ボール片も見つかっています。また「ダイエットしろ」などと雄大容疑者に食事を極端に制限され、日々の体重を自ら記録するよう指示され続けてもいました。結愛ちゃんは低栄養状態に陥り、死亡時の体重は同年代平均の約20㌔を下回る12.2キロだったといいます。食べ物を受け付けなくなった結愛ちゃんは嘔吐を繰り返しましたが、母親の優里容疑者(25歳)も、助けることはありませんでした。(2018年6月28日 朝日新聞朝刊刊「体重記録させ食事制限 目黒5歳死亡 両親 致死罪で起訴」より)
 

SOSは何度も……本当は救えた命なのに

 

雄大容疑者からの虐待は、長期にわたり継続的に行われていました。2016年夏頃には、当時住んでいた香川県内の自宅で雄大容疑者に怒鳴られ、「ごめんなさい」と泣き叫んでいる声が、また同年12月には真冬の寒い中で、自宅近くの外で、うずくまっている姿が地域住民に発見されています。こうしたこともあって、児童相談所は2回にわたり親子間に介入して、両親から結愛ちゃんを引き離し、一時保護をしています。その時、結愛ちゃんは「パパにたたかれた。怖いから帰るのは嫌」などと、SOSを出していたことが分かっています。(2018年6月17日付け 朝日新聞朝刊「目黒5歳児死亡 SOS何度も」より)

2017年12月、雄大容疑者は職探しのため東京・目黒区に転居。翌1月には、結愛ちゃんをはじめ家族も続きました。しかし、それから2か月も経たないうちに、結愛ちゃんは、亡くなってしまいました。近隣の住民から通報があった後、児童相談所が適切に対応していれば、結愛ちゃんは助かったかもしれない。そんな切ない現実に、「どうして児相は一時保護を解除し、結愛ちゃんを自宅に戻したのか」と、その対応を非難する方も多くいると思います。

児童相談所が結愛ちゃんの命を救えなかった背景には、もともと一家が住んでいた香川県と引っ越し先の東京都との連携が不十分であったことや、児童相談所と警察との情報のやりとりが不足していたことが指摘されています。

他にも、虐待を受けた子どもに対応する児童福祉司という専門職が慢性的に足りないという点も問題視されています。事件を受けて厚生労働省が東京都内11か所の児童相談所に配置されている児童福祉司数(2017年4月1日時点)を調べたところ、児童福祉法の配置基準に98人足りないことが明らかになりました(2018年6月29日 東京新聞より)。

また、かつてより児童福祉司1人あたりの担当ケースも多すぎることが指摘され、例えば八王子児童相談所では1人の児童福祉司が「80~100ケース」を担当しています。
東京都のHPより)

これでは1人の子どもに十分な時間をかけて対応している余裕は持てません。制度の抜本的な改革が求められます。
 

虐待の背景にある親のストレス、病気、育児疲れ

結愛ちゃんの事件だけではなく、児童虐待は、毎日のように起きています。厚生労働省が2016年に対応した児童虐待相談件数は、12万2578件で、年々増加しています。1日で計算すると、約335件の相談対応をしているということになります。厚生労働省の資料より

 
ただし、この12万2578件という数字には、近隣住民や警察からの虐待通報が入っている一方で、親が自ら育児について悩み、相談しているケースも入るという点を、私たちは注視しておく必要があります。

貧困、格差、病気、夫婦関係、孤立、離婚、育児疲れ……など、さまざまな要因が複雑に絡み合うなかで、親たちはストレスや悩みが「消化不良」を起こし、絶対的弱者である子どもに自らのイライラをぶつけて自己を正当化しているとも考えられます。増え続ける児童虐待相談対応件数は、現代社会を映す鏡だといえるでしょう。

一方、児童相談所に自ら電話をし、悩みを児童相談所に相談できる親は、まだ救いがあります。本当に支援が必要な親たちは、自分たちの境遇とは違う、介入を迫る可能性のある児相職員を敬遠し、自分から相談することはありません。

雄大容疑者が、結愛ちゃんになぜ虐待を繰り返してきたのかの詳細な理由は、今後の裁判で明らかになっていくでしょう。ただ現段階で、私たちが児童虐待の芽を摘んでいくためにできることは、テレビや新聞の報道という切り取られた情報のみで「かわいそうだったね」と涙を流して終わらせるのではなく、また「とんでもない親」と感情論で親を切り捨ててしまうことではなく、虐待という問題を「自分も救えるかもしれない」と現実の行動に落として捉えてみることです。

近所で、子どもの泣きや叫ぶ声が聞こえたら、まずは厚生労働省の虐待通報の窓口である「189」に通報することを覚えておいてほしいと思います。一方で、気になる家庭や、困っていそうな家庭を見かけたら、積極的に声をかけ、あるいは地域の民生児童委員や子ども家庭支援センターなどの行政窓口に相談するなどで、行政や地域の社会資源につないであげてください。

第二の結愛ちゃんを生まないためには、「通報」と「近隣の親の支援」の双方に気を配っていくことが大切になってきます。
 

結愛ちゃんが、里親家庭で育つことができていたら……

 

「189」に電話することや積極的に声をかけること、そして行政窓口に相談する以外にも、虐待を受けた子どもを救う選択肢として、今注目されているのが「里親制度」です。里親になる人が増えれば、親から虐待を受けた子どもたちが、第2の人生を送ることを支援することにも繋がります。

私は現在、東京都の里親支援機関事業に関わり、里親になってくれる人を増やす活動に取り組んでいます。さまざまな里親や里子さんに会う機会がありますが、適切なタイミングで相性の合う里親家庭に引き取られていった子どもは、そこから人生を再スタートさせます。ネグレクトを受けたり、愛着障害を抱えていても、里親さんの元で未来ある人生を歩んでいる笑顔に触れることもあり、「里親さんに巡り会えて、本当によかった」と心が揺さぶられます。

2016年、政府は虐待を受けるなどで親と暮らせない子どもたちに、家庭で育つ権利(パーマネンシー)を保障しようと、2児童福祉法を改正しました。社会的養育ビジョンという目標値を定め、7年以内に就学前の子どもの里親とファミリーホーム(里親の自宅で5~6人の子どもを育てる制度)への委託率を75%にするなどの取り組みを進めています。

まだまだ里親という制度のもとで過ごす子どもは、社会的養護が必要な子どもの18.3%(2016年度末現在、全国平均、ファミリーホームを含む)にとどまっており、一般の人も、里親がどのような仕組みなのか、ということすら知らないのが現実です。

里親は、実親ご自身が辛くて子どもを育てられないときに、一時的に子どもを預かり、育てる制度です。子どもを育てることがメインの役割なので、実親と関わることは基本的にありません。ただ一時的に子どもを預かることで、実質的には実親も救う制度です。ぜひ多くの人に、里親制度を知ってほしいと思います。

詳細は、お住まいの地域の児童相談所(厚生労働省のHP)で調べることができます。

里親になるための基準は、各都道府県によって異なります。里親を増やすという政府方針のもとで、各都道府県の里親基準も、より多くの人が里親になれるための基準に緩和されていく可能性もあるでしょう。東京都は10月から、現在は65歳までとなっている里親になるための年齢要件を撤廃する方針を出しています(東京都のHPはこちら)。

もちろん、ハルメク世代も里親に登録できます。結愛ちゃんの悲劇を繰り返さないためにも、友人との間でも、里親について、ぜひ話題にしてみてください。

里親に興味がある方は、TOKYO 里親ナビをご覧ください。

清水 麻子

しみず・あさこ ジャーナリスト・ライター。青山学院大学卒、東京大学大学院修了。20年以上新聞社記者や雑誌編集者として、主に社会保障分野を取材。独立後は社会的弱者、マイノリティの社会的包摂について各媒体で執筆。虐待等で親と暮らせない子どもの支援活動に従事。tokyo-satooyanavi.com

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