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- 望月衣塑子(いそこ)新聞記者の政治に立ち向かう勇気
2020年、日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀主演男優賞、最優秀主演女優賞の三冠に輝いた映画「新聞記者」。原案となった著書を手掛けたのが新聞記者の望月衣塑子(もちづきいそこ)さんです。批判や圧力を受けても政治家に立ち向かう思いに触れます。
小学生のときは演劇の世界に憧れる少女だった
「きちんとした回答をいただけているとは思わないので、繰り返し聞いています」。菅(すが)官房長官の会見で食い下がって質問をする女性。それが東京新聞記者・望月衣塑子(もちづき・いそこ)さんです。
想定通りの質問と回答が多く、「台本通り」とも評される菅官房長官の会見で、望月さんの厳しい質問は注目を集める一方、昨年末には官邸が記者クラブに対し、記者の質問を制限するような異例の申し入れを行いました。
「政権の中枢に切り込む新聞記者」として賛否両論が絶えない望月さんですが、意外なことに最初から記者を志していたわけではなかったそう。
「小学校の卒業文集には、恥ずかし気もなく『私、女優になります!』と書いてあります(笑)。演劇が好きな母が、よく舞台に連れていってくれたんです」。演者も観客も一体になる空想の世界に、美しい歌やダンス。演劇が題材の漫画『ガラスの仮面』のヒットもあり、舞台に魅了された望月さんは女優を志し、高校生まで劇団に所属しました。
母がくれた本が、報道の道へ進むきっかけに
報道の道に関心を持ったのも、母の影響でした。「中学生のとき『南ア・アパルトヘイト共和国』という本をくれたんです。肌の色によって水を飲む場所も決められている世界は、平和な日本で暮らす私の想像を超えていました」。
現実の世界を取材し、困っている人の声を伝えたいと思った望月さんは、大学卒業後、東京・中日新聞に入社。社会部に配属されて事件を追い、警察幹部が住んでいる官舎を調べて通いつめるなど、“夜討ち朝駆け”の毎日が続きました。
出産、育児を期に政治部へ。待っていたのは……
生活が変わる転機となったのが、2人の子どもの出産、育児です。当時は夫が単身赴任。ほぼ一人で子育てを行い、取材もままならなくなりました。そこで、日々の取材にこだわらずに一つのテーマを深掘りするスタイルに変えていった矢先、森友学園問題(※1)、加計学園問題(※2)が報じられます。
望月さんが気になったのが、菅官房長官の会見です。「菅さんが『ご指摘には当たらない』と答えれば、納得できないような内容でも、誰もその先を追及しない。それなら自分が聞こうと、会見に出席することを決めました」
そこで望月さんは、政治取材の問題点に気付きます。「社会部では自分で現場を取材し、相手にしつこく質問をぶつけます。一方、政治部の記者は政治家とパイプを築き、情報をもらって記事にしていく。政治家との関係を損ねると、話が聞けず記事が書けなくなる。だからあまり厳しい質問や追求は正直やりづらい。アメリカでは、記者は政治家から情報をもらいながらも会見は“戦場”です。厳しく質問し、追求します」。
質問を続ける望月さんは、脚光を浴びる半面、誹謗中傷の的にもなりました。
同じ頃、突然の別れもありました。「母が急激にやせ細り、すい臓がんだと判明して1か月で亡くなりました。『介護で子どもに迷惑をかけるのはいやなの』と言っていた母らしい、あっという間の最期でした。父が2010年に61歳で死去しており、その後愛犬も死んで寂しかったんだと思います。でも私が看病に行くと『衣塑子がそばにいてくれるだけで、ほっとするの』と話し、私の方が励まされました」
折しも、時は加計学園問題の最中。母を亡くし、夫の単身赴任が続く中、望月さんは仕事のストレスと子育てで憩室炎(けいしつえん ※3)を患い、倒れます。しかし、おかしいと思うことは聞かなくてはと、その後も会見に臨み続けました。
「広報」ではなく「報道」でなければ
そうした中、官邸は2018年12月「東京新聞記者による質問」を「度重なる問題行為」とし、記者クラブに対応を求める文書を出しました。
「確かに最初は質問が長かったと思います。でも、いくら短くしても10秒ほどで『簡潔にお願いします』と注意され、まともに質問ができない状況でした」。
文書は追い風となります。新聞労連(※4)は「記者の質問を制限することはできない」と抗議し、一般の人々や他のメディアからも声援や官邸への批判が続きました。
それでも望月さんに対するバッシングは今も止みません。「最近は政府に批判的なことを言うと“反日”と呼ばれる風潮がありますよね。でも、政府に都合がいいように報じ続けた結果が、戦時中の大本営発表です。言われるがままに記事にするのは、報道ではなく広報です」。
望月さんはこう続けました。「昨年7歳の娘と途上国のドキュメンタリーを見ていたら『お風呂でお祈りする』と部屋を出て行ったんです。サンタさんにクリスマスのプレゼントでも頼んだのかと思いきや、『戦争のない世界になるようにお願いしたの』と言うので驚いて。自分と同じ子どもが命を落としているのがショックだったようです。
私は今43歳、次の世代を意識するようになりました。少しでもいい社会にして子どもたちにバトンを渡したいです」。そう話して取材を終え、立ち上がった望月さんは、実はとても小柄。その華奢な体からは想像できないエネルギーと大きな声で、今日も質問しています。
※1 学校法人森友学園に大阪府の国有地が異例の値下げを受けて払い下げられた問題。
※2 学校法人加計学園が国家戦略特区に選ばれ、その選定過程が問われた問題。
※3 大腸などの消化器官の粘膜にこぶ状の突起ができ、排泄物が詰まって感染症を引き起こす疾患。
※4 日本新聞労働組合連合。全国紙、地方紙、専門紙などの新聞社の労働組合が加盟する。
望月衣塑子(もちづき・いそこ)さんのプロフィール
もちづき・いそこ
1975(昭和50)年、東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学法学部卒業後、東京・中日新聞に入社。千葉などの県警や東京地検で事件を中心に取材。経済部、社会部遊軍記者を経て、現在は取材をしながら菅義偉官房長官に会見で質問し続けている。著書に『新聞記者』(角川新書)、共著に『権力と新聞の大問題』(集英社新書)など。
■映画「新聞記者」
官邸が主導する大学新設計画に迫る新聞記者、吉岡エリカ(シム・ウンギョン)と、理想に燃えて公務員の道を選んだ若手エリート官僚、杉原拓海(松坂桃李)。二人は時に衝突し、時に協力しながらそれぞれの正義を貫こうとするが……。国家と報道の裏側を描いた、サスペンス・エンターテインメント。
監督/藤井道人
原案/望月衣塑子『新聞記者』(角川新書)、河村光庸
配給/スターサンズ、イオンエンターテイメント
出演/シム・ウンギョン、松坂桃李 他
取材・文=大矢詠美(ハルメク編集部) 撮影=中川まり子
※この記事は2019年7月号「ハルメク」に掲載された内容を再編集しています。
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