Black Lives Matterの持つ意味とは

アメリカのBLM運動の真実を現地在住者が語る

公開日:2020.06.18

更新日:2020.10.22

ジョージ・フロイドの死から広がり続ける波紋 

ジョージ・フロイドの死から広がり続ける波紋

2020年5月25日、ミネソタ州ミネアポリスで黒人のジョージ・フロイドが警官に殺されました。組み敷かれて抵抗できない状態にある黒人男性が「息ができない」といっているのを無視して、不敵な表情の白人警官が膝で首を抑え続ける様子を撮影したビデオがSNS上で拡散したことから、アメリカ各地に警察の黒人への過剰暴力に対する抗議活動が始まりました。

この「ブラック・ライヴズ・マター(Black Lives Matter)」(黒人の命は大切だ)をスローガンとする抗議活動はミネアポリスや黒人層だけに留まらず、人種や年齢を超えて、あっという間にアメリカ全国に広まり、今も世界各地の都市に広がり続けています。

日本のテレビや新聞では、燃えるパトカーや破壊された店舗のショーウィンドウなどの画像と共に「抗議活動が暴徒化」「略奪や放火が行われ、非常事態宣言や夜間外出禁止令が発令」といったセンセーショナルな面ばかりが取り上げられがちです。

 

Black Lives Matterの本当の意味とは?

イギリス・ロンドンでの抗議活動の様子
イギリス・ロンドンでの抗議活動の様子(写真=shutter stock)

また、Black Lives Matterというスローガンも日本人には理解しにくいものです。同じ非白人のアジア人としてはなぜBlack Lives MatterでAll Lives Matter(すべての命が大切だ)ではないのか、と思うかもしれません。これは燃えている家に例えるとわかります。

目の前で一軒の家が燃えていたら、今はとにかく燃えている家の火を消さないと町全体が類焼してしまう、つまり黒人の命を守ることが社会を守ることに通じる、というのがBlack Lives Matterの考え方です。その中でどの家も大切なんだから、燃えている家だけに注意を向けるのはおかしいという人はいないでしょう。

ちなみに今のアメリカで「All Lives Matter」を支持すると言ったら人種差別主義者と思われかねません。それはAll Lives Matterというフレーズが、白人至上主義者によってBlack Lives Matterを否定して黒人差別問題から目をそらすために使われているからです。

 

抗議活動から、社会全体の問題解決を目指す活動へ

抗議活動から、社会全体の問題解決を目指す活動へ
2015年に30回目となった「キングダム・デーパレード」の様子。1月19日は、米国の公民権運動を主導したマーティン・ルーサー・キング(Martin Luther King Jr.)牧師の誕生日にちなむ祝日です。(写真=shutterstock)

アメリカでもBlack Lives Matterが最初から人種や年齢を超えて広く受け入れられたわけではありません。警察による人種差別問題はこれまでもアメリカでは繰り返し起こり、何人もの黒人が警官に殺され、そのたびに抗議デモが繰り返されてきました。Black Lives Matterというスローガンが生まれたのも、今から8年も前の2012年のことです。

それにも関わらず、これまで何も変わりませんでした。それは、アメリカでもこれを社会全体の問題として捉える人が少なかったからです。が、そのアメリカの状況は、このわずか数週間でまったく様変わりしました。Black Lives Matterは黒人だけの問題ではないという認識が白人やアジア人の間でも急速に広まったのです。

Black Lives Matterへのアメリカ人全体のサポートは過去2年間で徐々に上昇してきているのですが、ジョージ・フロイド事件以来それが一気に急上昇し、2年分の変化に匹敵する上昇がわずか2週間で起きています(ニューヨークタイムズ紙)。NBC ニュースとウォールストリートジャーナルが6月初めに行った調査でも、「警官の対応と黒人の死を憂慮している」と答えた人は59%で「プロテストが暴動化することを憂慮している」と答えた人の27%をはるかに上回っています。

多くの専門家が調査史上に例を見ない急激な変化というほどの世論の激変をもたらした背景には大きく分けて3つの要素があります。まず一つは人種差別の現状がジョージ・フロイド事件をきっかけに人々に広く知られるようになったことです。

 

シニア世代が、若者世代の問題意識に追いついてきた

シニア世代が、若者世代の問題意識に追いついてきた

人種差別には長年にわたって巧妙に形を変えながら政治やビジネスに利用されてきた歴史があり、警察による黒人への抑圧はその延長線上にあります(※)。それが今回の抗議活動によって、実際の警官の暴力を撮影した動画とともに短期間で広く取り上げられることになりました。

例えば、黒人は同じ罪状でも白人より重い懲役刑が科され、拘束される際には罪状に関わらず過剰な暴力を受ける傾向があります。何もしていなくても職務質問を受けることは白人よりはるかに多く、それに少しでも抵抗すれば、警官に殺されてしまうことすらあります。

黒人の親は子どもの安全のために、犯罪から身を守るだけではなく警官から身を守る術を教えなければなりません。警官には口答えしない、手を上げて武器を持っていないことを示す、ガム一つでも購入したら領収証は必ずもらうといったことです。また犯罪の被害に遭っても黒人コミュニティでは人々はめったに警察を呼ばないといいます。警官の方が何をするかわからないからです。

こうした差別の実態は、これまでも地道に発信されてはいましたが、届く範囲は限られていました。それがここで一気に広まったのです。特に言えるのは、シニア世代の変化です。社会が多様化する中で育った子どもたちは、ずっと前からBlack Lives Matterを自分の問題として捉えていましたが、そうした若者たちにシニア世代がやっと追いついてきたのです。

(※)『13th -憲法修正第13条-』という2016年のドキュメンタリー映画があり、黒人差別がどのように政治やビジネスに利用されてきたかが描かれています。現在YouTubeで日本語字幕付きで無料公開中なのでおすすめします。

 

暴力的な行動をしているのは、民衆ではなく「警察」

BBC NEW JAPAN「警察の暴力動画、アメリカに衝撃与える フロイドさん抗議行動」より引用
BBC NEW JAPAN「警察の暴力動画、アメリカに衝撃与える フロイドさん抗議行動」より引用 https://www.bbc.com/japanese/52936710

 

2つめの要素はプロテスト活動に対する警察の暴力です。日本の報道では「デモが暴徒化」といった表現をよく見掛けますが、それは間違いです。デモが暴徒化したのではなくデモや抗議活動に便乗した暴徒が出現したのです。暴徒には黒人も白人もいたし、わざと抗議活動の妨害を狙った右翼団体もいたといわれます。もちろん、混乱に乗じて火事場泥棒を働く輩もいました。

しかし、それとは比べものにならない規模の、人種も年齢もさまざまな何十万人ものデモ参加者は平和なデモを行っていました。それは今も変わりません。

そうした平和なデモ参加者が愕然としたのが、丸腰の自分たちに暴力をふるう警官が続出したことです。いきなり警棒で殴りかかる警官、デモ参加者のマスクをはぎ取ってペッパースプレーをかける警官、前を歩く女性を馬でなぎ倒す騎馬警官、デモ隊に突っ込む警察車両などの動画がSNSを通じて瞬く間に拡散しました。

中でも大きなニュースになったのが、ニューヨーク州バッファローで抗議活動に参加していた75歳の白人男性を突き飛ばして重傷を負わせた警官の動画です。

この動画が衝撃的だったのは、警官が老人を突き飛ばしたことよりも、道路で頭を打って血を流して倒れている男性の脇を大勢の警官がそのまま歩き続けていることでした。この男性に手を差し伸べようとした警官を制止する警官すらいました。

これは警察の暴力が少数の「悪い」警官によるものではなく、警察には間違いなく暴力に対する異常なカルチャーが存在するということを人々に印象づけました。この被害者が白人のシニア男性だったことも、警察の暴力問題が黒人だけの問題ではないという認識を広めたと思います。

こうした暴力事件に対して警察当局が「本人がつまづいて転んだ」という嘘の報告をしたり、「警官は任務を遂行していただけで非はない」という反応をしたことも組織としての警察への不信感を強めました。皮肉なことに警察が暴力による抑え込みを強化するほどに、それがSNSを通じて広まり、抗議デモの規模は逆にますます大きくなっていきました。

 

野放しになっていた警察権力を改革する動きが進むことに

デモ隊と対峙するミネアポリスの警官(2020年5月29日撮影。写真=shutterstock)
デモ隊と対峙するミネアポリスの警官(2020年5月29日撮影。写真=shutterstock)

現在はデモ参加者と警察の衝突は沈静化していますが、この2週間で警察に対する世論は激変しました。これまで警察による暴力事件が繰り返されていたにも関わらず、過剰暴力を抑制する規制が進まなかったのは、警察の政治力が大きく、警察と敵対するものは犯罪者の味方というレッテルを貼られることを政治家が恐れたからです。しかし、今は逆に警察権力を野放しにすることの方が暴力容認ととられかねなくなりました。

こうした世論の変化を受けて、6月8日には下院で連邦警察を改革する2020年公正警察法案が提出されました。これはジョージ・フロイドの死因となった締め技の禁止、これまで不可能に近かった、容疑者を殺害した警官の起訴を容易にする法案などから成っています。

また、州レベルでは既に規制法が成立しはじめ、警察の予算を減らして任務を分割すべきだという声も各地で上がっています。ジョージ・フロイド事件が起きたミネアポリスでは、強大な警察組合ぐるみの人種差別と隠ぺい体質は組織改革で改善できるレベルではないとして、警察そのものを解体して別組織として作り直すことすら検討されています。

これまで触れることすらできなかった警察という組織が、初めて変わらざるを得ない局面を迎えているのです。

 

武力で抑え込もうとするトランプによって、さらに盛り上がるプロテスト

「Black Lives Matter」と巨大な黄色い文字でペイントされたワシントンDCの大通り
「Black Lives Matter」と巨大な黄色い文字でペイントされたワシントンDCの大通り

世論の変化の3つ目の要素はトランプ大統領です。保守白人男性を支持基盤にし、2016年の選挙キャンペーン時から人種差別的発言で支持者をあおるのが常套手段だったトランプは、Black Lives Matterとは相反する大統領です。Black Lives Matterの抗議活動は、反トランプ派の抗議活動とも重なっています。

トランプはジョージ・フロイド事件に対しても、一貫して火に油を注ぐような言動をとり続けてきました。中でも猛反発を招いたのが6月1日のセント・ジョーンズ教会写真撮影事件です。

ホワイトハウス前で平和的なデモを行っていた市民を何の予告もなく催涙ガスや武力を使って追い散らし、教会前で聖書を掲げて「神を信じる勇敢な大統領」をアピールしたのです。これはトランプの思惑に反して、反トランプ層だけではなくキリスト教関係者からも「教会で祈りもせずに市民を蹴散らして聖書を小道具に使うとは何事か」と大ひんしゅくを買いました。トランプは自らを「法と秩序の大統領」と称し「警察の味方」という姿勢を取り続けていますが、世の中は逆の方向に進んでいます。

デモ参加者への対応について、トランプと対立しているワシントンDC市長はホワイトハウスに続く道路の一部を「Black Lives Matter Plaza」と改名し、巨大な黄色い文字で道一杯にBlack Lives Matterとペイントしました。

トランプがBlack Lives Matterの抗議活動を逆なでするたびに抗議活動はますます盛り上がり、これまでトランプを支持していた層にも共感が広がっています。その結果、トランプの支持は下がり続けています。

 

「Black Lives Matter」は日本人にも無関係ではない

今、日本でもBlack Lives Matter の抗議デモは若い世代を中心に広がりつつありますが、まだ「アジア人だって差別されているのに」「日本には無関係」と考える人も少なくないようです。アメリカでもBlack Lives Matterに対するアジア人の立ち位置は複雑です。

確かにアメリカにはアジア人差別が存在します。しかし、アジア人であるために警官に殺されるかもしれないと思うことはありません。今燃えているのは黒人の家であってアジア人の家ではないのです。それを黙って見過ごすことは焼死する人を見殺しにすることです。そしてその火は、他の家にも自分の家にも広がっていきます。

誰に対する差別でも「差別を見過ごすことは差別に加担するのと同じ」という考え方によってBlack Lives Matterの活動は幅広い人種間に広まってきました。もちろんそれは、黒人以外の差別は見過ごしてもいいということではありません。本来火事はボヤのうちに消し止めるべきなのに、周囲が見て見ぬふりをしてきたために大火事になってしまったのが黒人差別問題です。外国人や経済的弱者に対する差別が存在する日本の社会も、同じ危険をはらんでいるのです。

 

※この記事は、6月18日に掲載された記事です

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参考
『13th -憲法修正第13条-』

 

黒田基子

くろだ・もとこ 1960(昭和35)年、東京生まれ。ライター。88年よりアメリカに留学し、30年近くニューヨーク郊外で暮らす。ブログ「ニューヨークsuburban life」東海岸の暮らし、食べ物、ときどき政治https://nyqp.wordpress.com/

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