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- エッセー作品「桃桃、肉肉」説田文子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第8期1回目のテーマは「マンガ」。説田文子さんの作品「桃桃、肉肉」と山本さんの講評です。
桃桃、肉肉
頑張っていました、私。
それでも、それは起きてしまったのです。
仕事の異動で、保育士から事務職になった頃。夜8時過ぎに帰宅し、ビールを飲んで晩御飯を食べ、すぐに寝るというような生活となりました。
朝は、高校2年と1年の息子たちが、部活動の朝練習で早く家を出るため、4時半に起きて弁当作りをしていました。食べ盛りの男子弁当には、肉と野菜をがっつり入れて、水筒の麦茶もたっぷりと注ぎ入れます。
高校は、空調がうまく効かないことも考えて、保温保冷バッグに入れるタイプで、ご飯入れ1つ(容量500ml)におかず入れ(容量200ml)2つの同型弁当箱を紺と黒の色違いで用意し、2人分を一気に詰め込んでいきます。おかずの余りが、娘(大学2年)と私の弁当になります。
その朝は、食材の買い置きが無く、男子弁当の2つのおかず入れのうち、1つのおかず入れに詰めるべきものが無い。あたふたしていると、白桃缶が目に入ります。ボリューム不足を補うように、白桃半身を2切ずつおかず入れに滑り込ませ、「パチン」とふたをして、保温保冷バッグの中へ入れました。
そして、朝6時に出かける息子に弁当を渡すまでの間、沸かし直しておいた風呂に飛び込みます。朝から晩まで仕事の私と部活三昧の息子たちの間では唯一、弁当が母子らしいコミュニケーションだなあと思いながら。
その年の暮、仕事も休みに入り、部活も学校も休み。早めの夕食を家族みんなで食べていたときのことです。
「お母さん、僕の弁当のおかず、2つとも桃だけ、つまり桃桃だったことがあったよ。知ってた?」
高2の息子がさらっと言い放ちました。
「えっ! なんで……。いつのこと? 早く言ってちょうだいよお。」
話を聞いた夫は大爆笑。子どもたちは、フンフンと頷きあって知っていたようでした。
桃とご飯だけの弁当をどうしたのかと聞くと、桃の実をいくつかに切り分けて、友達の間を歩き、桃と彼らのおかず一切れとを交換してもらったとのこと。
「ありがとう級友たちよ。皆いい子だ。」
皆に感謝したけれど、息子はなぜ、直ぐに母の間違いを言わなかったのでしょう。
「姉ちゃん。俺、何かしたっけ?」
桃弁当の日の夜、姉弟で母の仕打ちの裏にある「何か」について協議を重ね、下の弟は自分が肉肉弁当ということは、兄は肉無し弁当かと心配はしたものの、帰りにはすっかり忘れ、協議の夜は寝ていたそうです。
夫は、まだ笑っています。
山本ふみこさんからひとこと
機嫌のいいひとばかりが登場する、気持ちのいいエッセーです。
文子母さまもよくがんばりました。何年間お弁当をつくられたのでしょうね。
「ありがとう級友たちよ。皆いい子だ」
「姉ちゃん。俺、何かしたっけ?」
これには心をつかまれました。
さて、タイトルについて書かせていただきましょう。
もとのタイトルは「なぜ言わなかったのでしょう」でした。それをわたしが、青ペンで「桃桃、肉肉」とやったのです。これは、ネタバレでもあるのですが、心をつかみにかかる作品には、ちょっとヘンテコなタイトルをつけたいじゃありませんか。
誘うタイトルについて、皆さんも考えてみてくださいまし。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次回募集については、2024年8月頃、雑誌「ハルメク」誌上とハルメク365イベント予約サイトのページでご案内予定です。
■エッセー作品一覧■
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