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- エッセー作品「もらい風呂」宮本昌子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。第8期1回目のテーマは「マンガ」。宮本昌子さんの作品「もらい風呂」と山本さんの講評です。
もらい風呂
家は戦災でなくなったので、私が疎開していた和歌山のおじいちゃんの近くに移住した。
家もなく勤めていた会社もいつ再開されるかわからず、東京も大阪も全滅の状態の中で父は途方にくれて和歌山で静かに考えようと思ったのかもしれない。
そんな時兄の戦死がしらされた。前に進む希望さえなくなったと子どもの私にもわかった。
しかし毎日を楽しくと懸命で、その頃の日本人はみんな同じ心であっただろう。父は兄ちゃんの残したラジオで落語を聞くのを楽しみとした。
住み始めた家にはまだお風呂がなかったので毎晩おじいちゃんのところのお風呂に入りに行った。
ふつうの道だと10分ほど歩くのですが、いつもの近道をして田んぼのあぜ道を歩いていく。そのあぜ道、右側は少し低くなっていて、左側は田んぼと同じ高さ。
夜、歩くのはむずかしかった。村の人は提灯(ちょうちん)をつかっていたが、わがやにあるのは父が木切れをよせてつくった箱にろうそくを立てて、前に紙を貼ったおかしな(カンテラもどき)の提灯であった。
ある時大声で歌いながら歩いていた。お父さんを先頭に、つぎに妹、姉ちゃん、私、お母ちゃんの順に。あるけーあるけー、この歌はお父さんの十八番だ。
歌が最高潮とおもわれる時、「あれおとうさんがいない」と誰かの声に前をよく見るとお父さんがいない。「ここだよ」下のほうで声がした。お父さんが足を踏み外したのだ。
「大丈夫?」
「落ちたの?」
「田んぼに水がなくてよかったねえ」
「お風呂に入る前でよかったね」
いろいろとにぎやかなこと。都会の生活しか知らないお父さん、田舎の生活になじむのが一番遅いお父さん、近眼であったせいもあるかな晩酌のせい? と思いながらちょっぴりかわいそうになりました。みんなで引っ張り上げて大笑い。
「さあいくぞ」のこえに「うみはア 広いな おおきいなア」の五重唱がいく。
お父さんは髪がなくて口ひげ、めがねと、風貌がサザエさんのお父さんにちょっと似ている。
山本ふみこさんからひとこと
お父さまの姿、佇まいがやわらかく伝わりました。
この作品は、声に出して読んでくださいましね。お兄さまも、お父さまも、どこかで聞いていてくださり、喜んでくださいますよ。
そうしてね「聞いたよ、ありがとう」の印をきっときっと何かのかたちで伝えてくださいます。……と、わたしは信じているのです。
だからこそ、書きたい思っているのですよ。
さて。
足を踏み外して、田んぼに落ちてしまったお父さまの、その直後のことば、皆さんの大笑い、とてもいいなあと思いました。いいなあ、と思いながら、ちょっぴり泣きました。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
次回募集については、2024年8月頃、雑誌「ハルメク」誌上とハルメク365イベント予約サイトのページでご案内予定です。
■エッセー作品一覧■
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