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- エッセー作品「兄ちゃんのお土産」宮本昌子さん
随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月のテーマは「ラジオ」です。宮本昌子さんの作品「兄ちゃんのお土産」と山本さんの講評です。
兄ちゃんのお土産
その夜、わたしは大阪府堺市の家にいた。実はわたしは、それまでの何か月か、学童疎開で和歌山の母の実家、つまり祖父母の家に家族と離れて1人で疎開していた(昭和20年3月)。
数か月ののち母がわたしの様子を見に来て(昭和20年7月)、何日か妹とともにうれしい日を過ごした。母が堺の家に帰る朝、伯父と駅まで見送りに行った。じっと線路の向こうを見ているとこちらにむかって汽車が入ってくる。ガッタンととまったそのとき、乗ろうとする母をすりぬけてわたしはタラップに飛び乗った。
「うち(わたし)も帰る!」
伯父は窓の外でおろおろしていた。
母は叱らなかった。車掌さんにわけを話して切符を買ってくれた。ほっとした。
今思うと大変なことをしたと思う。やっぱり帰りたかったのだ。家に帰ると父も姉もみんなにこにこしていた。みんなわたしに会えてうれしかったのかな。その夜5人家族ならんで寝た。すぐに履けるように枕元に靴を置いて寝た。電灯には外に光がもれぬよう黒い布をかぶせてある。
静かであった真夜中、空襲警報が鳴った。靴を履いて表にとびだそうとした。やっぱりここは空襲があるのだ。疎開先の母の実家、和歌山は静かだった。
そとにでて向こうの空を見るとまるで花火のように焼夷弾が落ちていくのが見えた。
敵機は街の周囲をぐるりと焼夷弾で襲撃したそうだ。次の瞬間頭の上でバリバリッと音がした。隣組班長の父の声が向こうで聞こえた。
「にげろ!」
私と母は家を背にして左の方向、父は右の方向に走った。妹を背負った母と私は次の爆音に、急いでよその家の軒下に伏せた。顔を上げると横の家はもう屋根まで燃え上がっていた。
「おかあちゃんこわいよう。ここで死のう」
「なにをゆうんや。逃げるんやで」
そう言う母に強く手を引かれた。
起き上がって歩き始めたとき何かにつまずいて左の靴が脱げた。片方は裸足のまま、広い十字路に出た。雑踏の中で父を探していた。
「おとうさん、おとうさん」
人込みをかき退けしばらく右往左往……偶然父にあえた後で聞くと、いったん飛び出した父は役目を終えてもう一度我が家に戻り「誰も残ってないか」とどなったとき兄のお土産のラジオが目にとまり、コードをひきぬいて持ちかかえ家から飛び出した、そのときは家のうらの方はもえていたらしい。雑踏の十字路で偶然会えたのは、奇跡的だった。
「おとうさん! よかったよかった!」
ラジオをかかえた父は、母と私をひっぱって「暗いほうへ逃げるよ」の声とともにかけだした。暗い方へ逃げるためには燃えているところを越えなければいけない。靴はなかったがむちゅうだった。
夜が明けるまでに焼けてしまった我が家の焼けあとを見て、その場を離れた。ラジオのほかは何もかもみんな焼けてしまった。その2日後、満員電車をのりつぎ、和歌山の祖父母のところにやっとたどり着いた。
昭和20年8月15日。
「天皇様の話がある」とのことで、おじいさんの家の縁側にラジオを置いて近所の人も交えて聞いた。私はよくわからなかったけれど戦争は終わったということだった。わたしは9歳であった。
「えっ、1か月早かったら、家は焼けてなかったのに……」
と母のつぶやき。
兄のお土産のラジオのその後の我が家での活躍は、ここに述べるには紙面が不足のようです。
家族みんながこのラジオに救われて戦後を生き抜くことができたと思います。
山本ふみこさんからひとこと
なんとかわいく、健気で、正直な昌子嬢ちゃんでしょう。
おそらく、その気質はいまも変わっていないのではないでしょうか。お目にかかってみたくなりました。
書き手に会ってみたくなる、という心持ちを生じさせるのは、読み手を動かす大きなエネルギーです。魅力と、云い換えることもできます。
自分の書きたいことだけを書いてゆくのでなく、読み手に寄り添いながら……、読み手の理解を求めながら書かない限り、魅力は生まれないでしょうね。
このおはなしのつづきも、読んでみたいなあ。
通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。
募集については、2024年3月頃、雑誌「ハルメク」誌上とハルメク365イベント予約サイトのページでご案内予定です。
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