通信制 山本ふみこさんのエッセー講座第7期第2回

エッセー作品「能面(おもて)」久保田道子さん

公開日:2023.11.25

随筆家の山本ふみこさんを講師に迎えて開催するハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から山本さんが選んだエッセーをご紹介します。今月のテーマは「口紅」です。久保田道子さんの作品「能面(おもて)」と山本さんの講評です。

能面(おもて)

「サラメシ」という番組をときどき見る。
働く大人のお昼ごはんの紹介なのだが、社食、お弁当、特殊な仕事の昼ごはんなど、見ていてあきない。
亡くなった俳優さんやスポーツマンが愛した「サラメシ」の紹介もある。
どれも、その人の人生や仕事への情熱、人間模様などが見えて、味わい深い。

その日の番組には、女性の能面師が登場した。
いでたちがすてき。白髪まじりの切り下げ髪に藍ぞめ模様のスカーフを、帽子のようにきりっと被り、藍色のシャツ、ズボン、足袋、白い胸あてつきの大きなエプロン。

能面(おもて)は、打ち出すところから、彩色仕上げまで、総て一人でするという。
檜のきれいな柾目(まさめ)の木材に、ピシッと鉋(かんな)を入れる。迷いなく右、左。
「ここは、ほおになるんですよ。」
印をつけるでもなく、じっと見つめて、今度は、上下を切った。
さっと鑿(のみ)をとり出して、スッスッと削っていく。小柄な人だけど、手さばきは力強い。
しばらくすると、あっ、もう顔が見えてくる。
粗く削っただけのように見えているのに、気配がすでに漂っている。
若い女性のようだ。これが、達人の技なのだろう。

打ち終わった面に、貝殻から作ったという銀白色の顔料を塗ると、素の木とは違った幽玄な世界がうかびあがった。
仕上げは、口唇に紅をさすこと。やさしくていねいに、朱に近い紅をぬっていく。
顔の表情が一気に変わっていく。
今にも何かを語り出しそうな艶やかな口唇。
面の角度を変えることで、喜怒哀楽がわかるそうだ。
初めて見た能面(おもて)の美しさだった。

さて、この能面師のサラメシは、ワカメうどん。

冷凍のうどんとワカメをゆでて、その上に生卵の黄身をのせる。
白身は、ちょっとチンして固めるのがいいだそう。
めんつゆをひと回し、梅干ふたつ。さっさっとかきまぜて、つるつると。
仕事の合間に簡単に作れて、じゃまをしない味だそうだ。

この人の手にかかった、シンプルなワカメうどんは、とてもおいしそうだった。

山本ふみこさんからひとこと

ある日観たテレビの番組、ある日読んだ本、ある日観た映画、ある日得た情報……。
それを誰かに伝えることは、話して伝えるのでも、書いて伝えるのでも、とてもとてもむずかしいのです。
よく伝わりました。

この番組、わたしも観たのですが、こんなふうには書けないな(そも、ぼんやり観ていましたしね)、と感心しました。
この番組、よかったですー! というような興奮のないところも好ましいです。さいご「ワカメうどん」に話を運ぶ構成も、お見事。

真似したいけれど、なかなかむずかしいこと、覚悟しましょう。

 

通信制 山本ふみこさんのエッセー講座とは

全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回出されるテーマについて書き、講師で随筆家の山本ふみこさんから添削やアドバイスを受けられます。講座の受講期間は半年間。

募集については、2024年1月頃、雑誌「ハルメク」誌上とハルメク365イベント予約サイトのページでご案内予定です。


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ハルメクならではのオリジナルイベントを企画・運営している部署、文化事業課。スタッフが日々面白いイベント作りのために奔走しています。人気イベント「あなたと歌うコンサート」や「たてもの散歩」など、年に約200本のイベントを開催。皆さんと会ってお話できるのを楽しみにしています♪

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