すべてを受け入れていつも“今”を面白がる
2024.06.202024年06月01日
シリーズ彼女の生き様|草笛光子 #5
人生を豊かに、楽しくする お金と人との付き合い方
人生100年時代、 50歳で“今さら”なんてことはない
お金に恵まれない人生、
でも悔いはありません
前にもお話ししたように、私は舞台に自分のお金をつぎ込んで、貯金通帳がすっからかんになるという経験を2回もしてきました。1回目は離婚直後の20代後半。2回目は40代後半。どちらもスポンサーなし、出演料も会場費も持ち出しで舞台をやって、2回目のときは借金まで抱えてしまいました。
実はその当時、我が家のすぐそばの空き地が売りに出ていて、不動産屋さんから「買いませんか?」と声をかけられたの。だけど、お金を全部使ってしまった後だったから、とても手が出ませんでした。
今では建物が建っていますが、その土地の前を通るときにふと“あのとき買っておけば、きっと値上がりしただろうから、今頃は売ったり貸したりして私も左団扇だったかもしれない”なんて思ったりします。とはいえ、自分が情熱を注ぎ込んだ舞台にお金を使ったわけですから、悔いはありません。そんなバカな女優がいたっていいじゃない(笑)
おしゃれよりも
体づくりにお金をかける
おしゃれにはお金をかけないけど、食べるものにはお金をかけてきました。だって体にいいもの、おいしいものをたくさん食べたいでしょう。私は朝ごはんを食べながら「今日の夜は何を食べようかしら」と考えるくらい、食べることが好き。筋肉を保つために欠かせないお肉も大好物で、朝からステーキをいただくこともあるんですよ。
それから、50歳になる直前に、自宅に稽古場が欲しくなって、思い切って借金をして家を建て直しました。「50歳で今さら稽古場?」という人もいましたが、自分の体と向き合って“これから”を生きるために必要だと思ったんです。
そのとき、誰よりも喜んでくれたのが、私が演劇界の母と慕っていた舞台美術家の朝倉摂先生でした。「高価な宝石や毛皮を買ったりせず、自分の稽古場を作ったあんたはえらい」とすごく褒めてくれました。
90歳になった今も、打ち合わせや衣装合わせ、本読み、時には撮影もして稽古場は大活躍。あのとき借金をしてでも稽古場を作ってよかったなとつくづく思いますね。
人生100年時代、50歳で“今さら”なんてことはない。“これだ!”と思うことがあれば、たとえお金がかかろうと実行してみたらいいんじゃないかしら。
写真提供=草笛光子さん
長い付き合いの女性たちに
私の手で死化粧を
パーソナルトレーナーのコータローさんからも「草笛さんはお金はないけど、人にはついてるね」っていつも言われます。何十年も付いてくれているマネージャーも、私よりずっと年下のスタッフや友人たちも、周りはみんないい人ばかり。思い返せば、いい女友達にも恵まれてきました。
私の“心の友”といえば、兼高かおるさんです。長年にわたり「兼高かおる世界の旅」(1959~90年、TBS系で30年以上放映された紀行番組)をやってらして、私も彼女と一緒にアメリカやヨーロッパ、中東の国などあちこちを旅して回りました。 兼高さんは私より5つ先輩だけど、互いにひとり身同士、何だか気が合って、東京にいるときはしょっちゅう電話をして日常のちょっとしたことから政治問題まで長電話をしたものです。
兼高さんは彫りの深い美人で、普段は口紅をちょとつけるくらいでほとんどお化粧をしないの。バレンシアの火祭りを取材する兼高さんにくっついてスペインへ行ったときは、私が裏方として彼女の髪を結い上げ、お化粧をして“スペインの女”に仕立てて撮影に送り出しました。
晩年、兼高さんは自らすすんで高級老人ホームに入り、90歳で亡くなりました。そのとき、私は最後の化粧をして差し上げたんです。「ねえ、バレンシアであなたにお化粧をしたのを覚えている? 二度目のお化粧が死化粧なんて寂しいな」と語りかけながら、口紅を引いて、眉を描いて。薄化粧でも本当にきれいでした。
兼高さんの他にも朝倉摂先生や衣装デザイナーのワダエミさんなど、長いお付き合いの女性たちに私の手で死化粧をしてきました。亡くなった後は、親族や親しい方たちがお別れの挨拶にいらっしゃるでしょう。そのとき、きれいなお顔で会わせてあげたいという一心で、誰よりも早く化粧道具を持って駆けつけるわけです。
今悩んでいるのは、私が死んだときに誰が化粧をしてくれるのか。私は舞台や映画に出るときの化粧も自分でするし、自慢じゃないけど化粧が上手なんです。私よりうまい人はいないかと、年下のスタッフや友人たちに相談しても、「『そろそろご臨終です』というときに草笛さんが自分でお化粧をするか、いつ死んでもいいように毎日お化粧をして寝るか、どちらかしかありません」なんて言われてしまって(笑)。そうやって笑って冗談を言い合えるのも、やっぱり人に恵まれているからだなあ。
今、90歳。いよいよ残り少なくなってきましたが、あと少しの人生を、明るく、面白おかしく生きたいなと思います。
取材・文=五十嵐香奈(ハルメク編集部) 写真=中西裕人
構成=長倉志乃(ハルメク365編集部)
【シリーズ|彼女の生き様】
草笛光子《全5回》
草笛光子
くさぶえみつこ
1933(昭和8)年、神奈川県生まれ。50年松竹歌劇団に入団。53年に映画デビュー。日本のミュージカル界の草分け的存在で「ラ・マンチャの男」「シカゴ」などの日本初演に参加。その後数々の舞台・映画・テレビドラマに出演。その演技が認められ、芸術祭賞、紀伊國屋演劇賞個人賞、読売演劇大賞優秀女優賞・芸術栄誉賞、日本アカデミー賞優秀助演女優賞・会長功労賞など受賞多数。連載コラムをまとめた著書「きれいに生きましょうね」(文藝春秋刊)が5月28日に発売。作家・佐藤愛子さんのベストセラー『九十歳。何がめでたい』を原作にした映画で(2024年6月21日公開)で主演。
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©2024『九⼗歳。何がめでたい』製作委員会
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