心身ともに傷だらけになり
“死んじゃおうかな”と
――草笛さんの熱意が通じ、1969年、日本版「ラ・マンチャの男」の公演が実現。主人公のセルバンテスとドン・キホーテを歌舞伎役者の市川染五郎さん(現・松本白鸚さん)が、草笛さんは安宿の娼婦アンドンサを演じることになりました。
私が演じるアンドンサは、強姦シーンで荒くれ男に髪をつかまれて体ごと振り回されたり、肉体的にすごく馬力のいる役でした。さらにきつかったのは、アンドンサ役が私ひとりではなく、女優3人が交代で演じるトリプルキャストになったこと。
稽古時間も出演回数も他の役の人の3分の1で、3人のうち誰がうまいか、出来栄えを比べられてしまうという試練の中、必死で演じて心身ともに傷だらけでした。
公演が進んでいくうちに、私は自分がうまくできているのか、できていなのかわからなくなり、何もかも嫌になってしまったんですね。ある日、明け方4時頃に目が覚めると、ふと“死んじゃおうかな”という思いが浮かびました。
家を出てふらふらと幹線道路まで歩いて行き、“このまま車に飛び込めば、もう舞台に立たなくてすむな”と思って……。目をつぶり「お父さん、お母さん、ごめんなさい。お先に失礼します」とつぶやいてパッと目を開けると、やってきたのはカタカタ走る小さなトラック。私はかなり体を鍛えていたから“ぶつかったら向こうが転がっちゃうわ”と思ったら、何だかおかしくてなって心の中で吹き出してしまいました。
それから電話ボックスに入り「お母さん、今黙って死のうとしたけど、死に損なっちゃった」と電話したんです。そしたら母は「アハハハ」と大笑いしたの。“なんで笑うの?”と思いながら一人で家に帰ると、また死にたくなってきて……。
目についた刃物で手首を切ろうとしたとき、またカタカタと音がして玄関の外の箱に牛乳瓶が配達されたの。極度の緊張感からのどが渇いていた私は、配達されたばかりの牛乳をごくごく飲んで、そのまま眠くなって寝ちゃったわけね。
しばらくすると、ドアを激しく開ける音がして「光子ちゃん、どうしたの!」って、横浜から母が飛んできたんです。真っ青な母の顔を見て、“ああ、本当は心配してくれていたんだな”と思いました。そして「バカ!」と母に叱られて、がんばり過ぎていた自分にようやく気が付いたんです。
その後、他の二人の女優さんが体調を崩し、結局、アンドンサ役は千穐楽まで私ひとりで演じることになりました。