【ラジオエッセイ】山本ふみこ「だから、好きな先輩」
2024.12.242023年09月22日
心療内科医とエッセイスト:人生100年時代の生き方
海原純子×山本ふみこ【特別対談】自分らしく生きる
「人生100年時代」と言われる今、長い長い後半生を、どうしたら自分らしく生きられるのか――。ハルメクの「アサーティブ講座」が好評な心療内科医・海原純子さんと同じく「エッセー講座」で人気の随筆家・山本ふみこさんの公開対談をお届けします。
大切なのは壁にぶつかったときに「変身」できるか
山本ふみこさん(以下、山本) 今日のお題は「人生100年時代を自分らしく生きる」です。初めて「100年時代」という言葉を聞いたとき、そのカギを握るのは“変身”だと直感したんです。つまり、ずっと同じ調子の自分のままでは、とても100年も生ききれないだろうなと思って。長く生きるためにも、今を生きるためにも、変身していくっていう想像と覚悟みたいなものがどうしても必要だと……。
海原純子さん(以下、海原) 私は心療内科医として、いろんな方の相談を受けています。そうすると、みなさん、どこかで人生の壁にぶつかることがあるんですね。今までの方法ではうまくいかなくなって、精神的にめげたり、体調が悪くなったりする。そういう方たちを見ていると、壁にぶつかることって決して悪いことではなくて、そこから先は“今までとは違う形でやっていかなきゃいけない”というサインのような気がするんです。
山本 少しずつ変身しながら生きていくということですよね。
海原 そうです。ユングという心理学者によれば、人間の一番基本的な欲求は「生理的欲求」です。喉が渇いたとか、お腹がすいたとか、それが欲求のスタートなんですね。2番目にあるのが「安全欲求」。
しょっちゅう災害が起こるとか、ミサイルが飛んでくるような場所ではなく、安全な場所にいたいという欲求です。その次に「愛と所属の欲求」というのがありまして、これは友達がいたり、家族がいたりと、ふれ合える人との関係です。
次に「社会承認欲求」があり、これはどこかに属したり、社会の中で自分を受け入れてくれる場を得たいという欲求です。みなさんの中には、働いている方もいれば、家庭の主婦もいらっしゃるでしょうし、社会活動でボランティアをなさっている方もいるかもしれません。みなさんそれぞれに社会の中に場を持っているわけです。
この社会承認欲求のレベルでたいていの人はストップしてしまう、とユングは言うんですね。すると、“あの人の方が恵まれている”とか“お金を持っている”とか、社会承認欲求レベルのところで人と比較したりするわけです。
だから、その次のステップに行きましょうと言っています。次のステップというのは「自己実現欲求」です。今日のテーマになっている、“自分らしく生きる”ということですね。さらにユングは、自己実現した先に次のステップがあると言っているんです。
幸せの最初の一歩は、人と比較しない人生を歩むこと
山本 社会に還元するということ?
海原 そうです。自分が自分らしく生きることで周りも豊かになっていくという、周りにも喜んでもらえる生き方に最後はたどり着くとユングは言っています。人生100年というのなら、できないまでも、そこを目指していくのが素敵だと思うんです。
私はよく診療の場で話すんですが、社会の中で一つの場を持っているということは、他のいろんな人生を捨てたということです。みなさん、他の人生を捨てたことで今を生きているわけですね。けれども年齢を重ねたら、捨ててしまったものの中から何か一つ選び出して、今の人生の中にぜいたくに取り入れてほしいんです。
難しいことじゃありません。例えば、若い頃“エッセイストになりたい”と思っていたけれど、“その道でうまくいくかわからないし、お金にならないから”とやめてしまったとします。そうしたら、今それをやってみる。
自分で文章を書いてみてもいいし、エッセー講座に行ってみるのもいいと思います。絵を描くでも、ピアノを弾くでも、水泳をするでも何でもいいんです。何か一つ選び出して、今の人生の中にぜいたくに加えてみると、人と比較しない人生になります。
人生は“こっちを選ばない”という選択の連続だから
山本 今、“人と比較しない”ということで思い出したのが、イギリスの詩人、ウィリアム・ブレイク(1757〜1827年)です。彼は独創的な詩で認められていたんですが、絵も描いたんです。でも決して絵を世の中に向けて発表しませんでした。「天使に向けて描いている」と言っているんですね。
その話を読んだとき、私はとても大事なことだと思ったんです。“見えない誰かに捧げる”というような気持ちって素敵だなって。私にもこれまでに人生で選ばずに捨てたことがあったと思いますが、思い出してみると、誰も見てくれなくていい、ただ、“天使に見てもらいたい”そんな気持ちに支えられたことがあったような。
海原 “天使に見せる”ということと、捨てたものを今の人生に“ぜいたくに加える”ということには共通点があります。そのことでお金を儲けなくてもいい、誰かに褒めてもらったり、評価してもらわなくてもいいということです。
山本 そう、それです!
海原 自分でただ努力して、進歩していくことを楽しめる――そういうものがいいんです。ピアノであれば、コンクールに入賞するとか人より上手になることが目的ではなく、練習して自分がちょっとずつ上達していくことを楽しむんです。そういうことをしていると、他人の人生と比較しなくなります。
例えば「あなたはブロッコリーとイチゴのどっちが好きですか?」と聞かれたら、困りますよね。種類が違うから、比較できないわけです。それと同じで、自分が全然違うジャンルに入ってしまえば、人と比較できなくなって不要な悩みがなくなるんです。
山本 人生は“こっちを選ばない”という選択、つまり“捨てる”ことの連続だし、時には“この悩みは今は捨てておこう”というようなことも必要ですよね。100年時代を考えるとき、“捨てる”というのは大事な行為なんじゃないかと思います。
自分らしく幸せに生きるために「トレーニング」が必要
海原 そうですね。ただ、生まれ育った環境で身についた心や行動の癖を捨てるのは難しいです。周りのことばかり考えてしまう癖、一つのことが不安になるとそこで止まってしまう癖、尽くし過ぎてしまう癖……そうした癖はトレーニングしないと治りません。
山本 トレーニングなのですね。それは日常的にできるものですか?
海原 自分でいろいろ書くことで、自分の考え方の癖に気付いたりするし、アサーティブの講座を聞いてくださるのもいいし、トレーニングのチャンスはあると思います。
山本 今のいま、アサーティブという言葉を初めて聞いた方もあると思うんです。アサーティブとはどういうことでしょう?
海原 簡単に言うと、“心にもないイエスを言わない、本当のイエスを言う”ということです。例えば、行きたくない食事会に誘われたとき、自分が我慢せず、相手も嫌な気持ちにさせないためにはどうしたらいいか、といったことを講座ではトレーニングします。
山本 アサーティブな考え方を軸にコミュニケーションすることは、ユングが言っている、自己実現の先にある自分も周りも豊かになる生き方につながりますね。
海原 人と人との掛け合いの中で大事なのは、相手を信用できるか、本当のイエスを言っているかどうかだと思います。そういう関わりを増やしていくことは、きっと社会の空気を変えていくんじゃないでしょうか。
やまもと・ふみこ
1958(昭和33)年、北海道生まれ。随筆家。自由学園最高学部卒業。婦人之友社で編集の仕事に携わり、93年に独立。現在に至る。東京都武蔵野市教育委員も務める。『家のしごと』(ミシマ社刊)など著者多数。ハルメクのエッセー講座でも人気を博す。
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うみはら・じゅんこ
1952(昭和27)年、神奈川県生まれ。東京慈恵会医科大学卒業。医学博士。心療内科医。日本医科大学特任教授をを経て昭和女子大学ダイバーシティー機構客員教授。英国CCLAメンタルヘルスベンチマーク策定委員。歌手としても活動し、2021年ジャズアルバム「Then and Now」リリース。『おとなの生き方 大人の死に方』(毎日文庫)など著書多数。
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取材・文=五十嵐香奈(ハルメク編集部)
※この対談は、2020年8月号「ハルメク」に掲載した記事を再編集しています。