随筆家・山本ふみこの「だから、好きな先輩」28

美しきへそ曲がり・神谷美恵子さんは真の求道者である

公開日:2023.08.26

「ハルメク」でエッセイ講座を担当する随筆家・山本ふみこさんが、心に残った先輩女性を紹介する連載企画。今回は、精神科医「神谷美恵子」さんです。ハンセン病療養所の精神科医として、患者に献身した神谷さんが伝える人間の「生きがい」とは…?

美しきへそ曲がり・神谷美恵子さんは真の求道者である
イラスト=サイトウマサミツ

好きな先輩「神谷美恵子(かみや・みえこ)」さん

1914-1979 精神科医
岡山県生まれ。津田英学塾卒業。結核で療養後、米国留学を経て東京女子医学専門学校卒業。東京帝国大学精神科に入局。大阪大学等を経て津田塾大学教授。ハンセン病療養施設長島愛生園には15年間勤務した。

1966年の初版以来、『生きがいについて』(みすず書房刊)は多くの人を力づけてきた。

格別なる先輩の「ヤエばあ」

格別なる先輩の「ヤエばあ」

大事な先輩は数あれど……ヤエばあは格別なる先輩です。しかし、それが元夫の母のことなのです、とお聞きになったら皆さんは驚かれるかもしれませんね。ヤエばあはそうです、わたしの元姑でございます。

わたしの神谷美恵子との出会いは、北海道民藝家具の本棚のヤエばあのコーナーにあった、みすず書房の『神谷美恵子全集』です。神谷美恵子って誰だろう、何をするひとだろうと思いながら、その連なりを横目で見ていました。

神谷美恵子。

ハンセン病療養所長島愛生園で患者に献身した精神科医。美智子上皇后若き日、友として支えとなったことでも知られています。

近年、NHK「100分de名著」で『生きがいについて』がとりあげられたことから、そこで出会い直しをした方もあるでしょう。

ときどき「わたしの生きがいは……」なんて云(い)うのとは似て非なる生きがいがそこには置かれています。

耐え難い試練のなか、失われるのは、大切な存在、物質的なものだけでなく、生きがいです。

先輩から何気なくさしだされる「気概の素」

先輩から何気なくさしだされる「気概の素」

ところで、生きがいとは何でしょうか。わたしなどは真っ先に生きる証や生きるはりあいを思いますが、神谷美恵子は「自然」とか「大地」ということばでそれを表します。この世に生きようとしているわたしのはなしではなく、生かされている人間としてのわたしのはなし、ということになるでしょうか。

「10月18日(1972年58歳)しずかな朝、すきとおるばかり。南天の実いよいよ紅く、小鳥のさえずりしきり。しずかな日々のとおとさ、いとおしさ。

(中略)。

沢山の病める人の、ただひとりをもいやせぬ無力さも、神にゆだねまつりて残る日々をひたすら生きぬかんのみ。医師になってみても何一つ人間のことはわかっていないのを知る。これを知るための勉強であったらしい」(『神谷美恵子日記』より)

初めてわたしが神谷美恵子の本を開いた日の感想を。このひとにはヤエばあに似たところがある!でした。 

求道者。働き者。そしてそしてうつくしきへそ曲がり(へそ曲がりは求道者の条件かもしれません。底知れぬ魅力を感じます)。

佳き先輩は、何の気なしに気概の素となるような何かを後輩の前にそっとさしだすのです。ありがとう、先輩!

随筆家:山本ふみこ(やまもと・ふみこ)

随筆家:山本ふみこ(やまもと・ふみこ)
撮影=安部まゆみ

1958(昭和33)年、北海道生まれ。出版社勤務を経て独立。ハルメク365では、ラジオエッセイのほか、動画「おしゃべりな本棚」、エッセイ講座の講師として活躍。

※この記事は雑誌「ハルメク」2018年9月号を再編集し、掲載しています。


>>「神谷美恵子」さんのエッセイ作成時の裏話を音声で聞くにはコチラから

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山本ふみこ

出版社勤務を経て独立。特技は何気ない日々の中に面白みを見つけること。雑誌「ハルメク」の連載やエッセー講座でも活躍。

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