自分事としての認知症。認知症は不便だが不幸ではない

2023年05月11日

認知症介護支援の第一人者が考えるケア方法#3

自分事としての認知症。認知症は不便だが不幸ではない

日本における認知症介護のあり方を変えようと介護の現場で精力的に走り続けている大谷るみ子こさん。「認知症とともに生きる」をテーマに伺う企画の最終回では、大谷さんが考える「自分事としての認知症」について伺います。

他者を大切にするために、まずを自分自身を大切に

他者を大切にするために、まずを自分自身を大切に

※このインタビューは2021年1月に行いました。

世の中には、認知症の人もいれば、発達障害の人、さまざまなマイノリティ(少数派)の人がいるように、人はみな同じではなく、多様な個性と価値観を持っています。

例えば、「人間は五体満足なもの」と思っている人たちは障害のある人に差別的に接してしまいますが、「人間は弱いもの」と思っている人たちは、お互いに助け合おうとします。

人をどう見るかという人間観によって、私たちの行動は決定づけられていて、介護をはじめ、自分とは違う他者と接するとき、その向き合い方は人間観によって大きく左右されます。

認知症介護について学ぶとき、私が最も大切にしてきたのは、病気に対する理解を深めることだけではなく、認知症であってもなくても、「人としてみな同じ価値がある」ということ。

これまで私が力を入れてきた取り組みの一つである、地域の小中学生に絵本を通して認知症介護について考える「絵本教室」では、子どもたちのさまざまな視点から思いを語り合うことで、そうしたことを共に学んできました。

「認知症のために、おじいさんやおばあさんがおかしなことをしたっていいよね。自分だって時々変なことをしてしまうことあるし、そう考えたらみんな同じだよね」と。

人の行動にはすべて意味があり、心の痛みがある場合もあります。でもそこにやさしいまなざしの人(子どもたち)がいれば救われます。特に介護という場面では、他者を大切にできることがとても重要で、そのためには、まずは自分自身を大切にできていることが不可欠になります。

他者を大切にするために、まずを自分自身を大切に

自分を大切にするというと、わがままと思われたり、みんなと一緒でないといけないと考えたりしがちですが、人と違う自分を大切にすることは決してわがままでも自己中心的でもありません。

自分の時間も人生も自分のものです。自分を大切にしてこそ他者が大切にしていることや意見を理解することができ、尊重できるのです。

私のような専門職は、特に自分の専門分野に対して見方が偏りがちになりますが、認知症の方々を理解するさまざまな取り組みをしてきたことで専門職としての視野が広がり、何より、自分のことをよく考えるようになりました。

時には「もし私が認知症になったらどうなるのだろう」と思うこともありますが、そのときに決まって大切なことに気付かせてくれるのは認知症当事者の方々です。

認知症の方々から学ぶ「今、大切にするべきこと」

認知症の方々から学ぶ「今、大切にするべきこと」

認知症の方々にしてみれば、今の姿は不本意なこと。だからこそ私は、もしその方が認知症ではなかったらどんな姿でおられたか、何を希望されていただろうかなどと考えます。

そして私なりに、きっとこういうことを大切にされていたのではないかと思い至ると、それを自分に照らし合わせるのです。

今まで私は家族を顧みずに仕事一筋で生きてきましたが、家族の大切さに改めて気付かされたり、仕事関係だけでなく、古い友人とつながりを持ち続けることも豊かな人生を送るのに欠かせないものだと教えてもらったり。

また、やりたいことがあるなら、“いつか”ではなく“今”やらなくちゃいけないということも教わりました。だからこそ今は、これまでは親任せだった親類との付き合い方を改め、折々で姉や叔母、姪に会いに行くようになりましたし、友人との時間をとても大切にしたいと思っています。

これからの人生を支えるのは、さまざまな思い出

これからの人生を支えるのは、さまざまな思い出

もう一つ、認知症の方々にとって生きる支えとなるのがさまざまな思い出です。

認知症の方々と話しているときに、きっとこの方の人生の中でこの思い出はこの方を苦しめたのだろうな、この方はこんな経験があったから悟っておられるのか、などと思いを馳せることがあります。同時に、いずれは自分にもこういうときが来るだろうと思うのです。

60代になり、自分はずっと若いと思っていましたが、だんだん先が見えてきました。

現在勤めるグループホームは、65歳まで働けることになっていますが、定年は60歳。気付けば定年を過ぎていました。

60歳というと、昔はお年寄りのイメージが強くありましたが、今はそうではありません。おそらく、これまで出会った認知症のみなさんも、60歳の頃はきっと、今の私と同じ心境だったのではないでしょうか。

認知症になってからの人生を支える思い出は断片的であっても、その思い出を人生の物語を紡ぐ一つとして捉えると、そこにはさまざまな喜びや悲しみ、苦しみや葛藤があって、今があるということがわかります。

元気なうちに、自分のこれまでを振り返り、言葉にならないもやもやした思いともしっかり向き合っておくことは、これからを生きていく上でとても重要なことなのです。

これからも、誇りを胸に毎日を大切に生きる

これからも、誇りを胸に毎日を大切に生きる

今、私がホーム長をするグループホームに入居されている方に、かつて書道の師範をされ、それを誇りに思っている方がいます。その姿を見て、私は自分に問いかけました。私が誇りに思っていることは何だろうか、と。

そこでこれまでを振り返り、自分の人生の物語を改めて見つめてみました。

すると、これまで自分ががんばって取り組んだこと、うれしかったこと、苦しかったこと、思うようにいかずに悔しかったことなど、今まで言葉にしてこなかったさまざまな思いに気付きました。

同時に、私の誇りは単に仕事をしていることではなく、多くの仲間とともにさまざまな取り組みを継続させてきたことであり、その根底には、私が勤めているグループホームで認知症の方々の暮らしを地道に支えてきたことがあるとわかったのです。

そう思えたのを機に、2020年3月、地域ぐるみで認知症介護の理解を深めるさまざまな活動を心置きなく次世代に引き継ぐことができました。今はグループホームでホーム長としての仕事に専念し、本当に充実した日々を過ごしています。

自分の人生をちゃんと振り返ると、自分で自分を褒めてあげられることがきっと見つかります。そしてその誇りを胸に、一日一日を大事に積み重ねていくことが大切ということを、入居者の方々の姿やお話から学びました。

これからも、誇りを胸に毎日を大切に生きる

一方、もし今までの人生には誇れるものが何もないと思う方がいても、あきらめないでください。

例えば専業主婦をされていた方の中には、本当はやりたいことがあったけれど家族のためにやれなかったと感じている人がいるかもしれません。まずは家族の暮らしを支えるために自分がしてきたことのがんばりを自分で認めてあげてください。

その上で、5年後、10年後に誇りに思える自分になるために今から計画を立てるのもいいと思います。

今介護をしている最中の人は、自分を大切にする余裕がなくて、先々を考えることはできないかもしれません。

そんなときはまわりの人に助けを求めて、支援のつながりをつくってください。介護は一人で抱え込むと、どうにもうまくいかないことが出てきてしまいます。そんなときは声をあげ、プロの支援を受け、その中で自分のできることをがんばればいいと思います。

私は70歳まであと数年。ホーム長という仕事を存分に楽しむことができたら、その後は第三の人生を楽しもうと思っています。そう思うようになってから、将来自分が認知症になったとしても、きっと私は自分の人生を誇りに思えるだろうと考えています。

認知症になることは不便なことですが、決して不幸ではありません。今の自分を大切にし、自分の人生を誇りに思うことができれば、たとえ認知症になったとしても、その人生を誇らしく歩み続けられると思うのです。

大谷るみこ(おおたに・るみこ)さんプロフィール

1957(昭和32)年生まれ。社会福祉法人東翔会グループホームふぁみりえホーム長。90年医療法人東翔会東原整形外科病院看護部長就任を機に、高齢者医療に携わる。96年より毎年デンマークへ福祉研修に赴き、福祉のあり方を学ぶ。2001年より現グループホームのホーム長になるとともに、認知症ケア研究会を発足。大牟田市と協働して人材育成、地域づくりに取り組んでいる。

取材・文=大門恵子(ハルメク編集部)
※この記事は「ハルメク」2021年5月号掲載「こころのはなし」を再編集しています。


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■認知症介護支援の第一人者が考えるケア方法■

【第1回目】「徘徊」から「散歩」へ考え方の変換でポジティブに
【第2回目】子どもの純粋な発想が認知症患者ケアのヒントに
【第3回目】自分事としての認知症。認知症は不便だが不幸ではない

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