私の介護人生は一旦終了、母は新しい人生のスタート!
いきなり始まった私の介護に関わる人生(11)
亡き父のお話~父との別れ
日にちとしてはたった半年間だった父の介護。心身共に人生最大のストレスと感じ、何年も介護をしたように思えた日々。それもついに終わりを迎えました。父を見送ったお話です。
大暴れした病院でエンゼルケアをしてもらった父
母と兄が病室に着いた時点で、父は体についていたいろいろな装置や経鼻栄養の管が外され永眠となりました。
私の息子は病院と同じ沿線の大学、姪っ子は病院と同じ町の学校に勤務、甥っ子は病院の隣にある高校に通っていました。父がとても可愛がっていた孫をまるで呼んだかのように3人とも同じくらいに病院に来て、息を引き取ったばかりのじいじに会うことができました。
そこから家族は泣いている暇もなく、いろいろな手配やら準備やらを各々担当し、私と息子は病院に残り葬儀屋さんが来るのを待つことになりました。
それまでに父は看護師さんたちに「エンゼルケア」をしてもらうことに。ほんの3か月前にせん妄によって大暴れし暴言を吐き、とても迷惑をかけたその看護師さんたちには、最後の最後までお世話になりました。綺麗になった父を迎えに来た車に乗せるとき、みなさんに見送られ私は本当に感謝しかなく、何度もお礼を言いながらお世話になった病院をあとにしました。
念願の帰宅
そのまま式場へは向かわず、父が切に願っていた自宅への帰宅を叶えてあげたく一旦家に帰りました。
兄夫婦が先に用意してくれていた真っ白なシーツを敷いたふかふかな布団に寝かされた父の顔は、何となくほほ笑んでいるように見えて、帰らせてあげられなくてごめんねと心の中が後悔でいっぱいになりました。
近所のみなさんや親戚らがお線香をあげにきてくれ、涙あっても賑やかな家の中で父も楽しい時間が過ごせたのではないかとも感じました。
本当に最後の介護だよ
数時間自宅で過ごしたあと、父が生前「自分の葬式はここでやりたいな」と言っていた自宅からすぐの葬儀場に移りました。次の日の通夜に向けて兄といろいろ打ち合わせをし、通夜当日は私一人が式場に泊まることになりました。
通夜当日、家族葬だったにも関わらず親戚の中で父の存在は大きかったのか、たくさんの親戚関係の方が来てくれた上に私や主人の職場の人、そして友人までも参列してくれたので、思った以上のにぎやかな通夜になりました。
そんな通夜も終わり、静まりかえった式場に私だけ残って、父との最後の会話をしました。
「結局最後の最後まで私をそばにいさせるんだね、でもこれで本当に最後の介護だよ」
告別式も無事に終わり、父の姿も骨となり、これで私は父の壮絶な介護を終えました。
■もっと知りたい■
あさくら さとみ
生前の父の介護を3年前に携わり、母のアルツハイマー認知症の介護に7年。介護のことを何も知らない状態から始まりました。2年前には兄が急死し不安な状況での介護。介護する側の気持ちや、認知症というものの現実などお話しできたらと思います。
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