いきなり始まった私の介護に関わる人生(3)

亡き父のお話~せん妄という恐ろしい病

公開日:2022/03/12

2

緊急手術から、すぐにまた手術を繰り返した父。今度は入院生活も長くなり、ストレスを溜めた父が侵された「せん妄」という病気。それは、私の人生で一番のストレスとなりました。

亡き父のお話~せん妄という恐ろしい病

緊急手術の結果

救急で運ばれた次の日、手術となりました。

父の姉弟も集まり、以前の心臓の手術とはまた違った雰囲気でした。というのも「急性硬膜下血腫」という病名を当時よくわからなかったため、かなり不安な心境だったからです。しかし、案外その病気で手術する人が多く、その日は同じ手術をする人が何人もおり父は三人目でした。

手術は予定通りの時間で無事に終わり、私と兄そして叔父二人で担当医から話を聞きました。「転倒して腕を切られたと聞きましたが、今回の出血はそのときではなく、もっと前の何らかの衝撃でできたものと思います」

二度目の急性硬膜下血腫

家での生活の状況がどんなものなのか。想像もつかず不安を抱きながらも、予定通り10日が経って退院。お盆を自宅で過ごすことができた父。兄家族と私家族で集まって食事をして、楽しい一日を過ごしました。

しかし、その二日後「なんか具合が悪いんだ」と父から電話。

またか……と思いながらその場で救急車の手配をして、最近手術をした病院に搬送してもらいました。病院に着くとすぐに医師から呼ばれ「かなりひどい貧血ですね、硬膜下血腫がまた見られます。ただそれだけでこんなに貧血にならないので詳しい検査をします」

二度目の急性硬膜下血腫

施設入所を勧められる

検査の結果、父は自宅内でかなり転倒していると思われるとのこと。体を強くぶつけ、左半身全体に内出血したことによる貧血とわかり、そのまま入院することに。輸血をしてから、二度目の硬膜下血腫の手術となりました。

しかし、今度ばかりは術後の経過もそう簡単に良くならず、なかなか退院できない状況に。かなりストレスを感じ、真夜中に病院で暴れてしまい呼び出さる事が何度もありました。これが「せん妄」という病であるという事を初めて知り、医師から施設入所の話をされるようになってしまいました。

施設入所を勧められる

 

■もっと知りたい■

 

あさくら さとみ

生前の父の介護を3年前に携わり、母のアルツハイマー認知症の介護に7年。介護のことを何も知らない状態から始まりました。2年前には兄が急死し不安な状況での介護。介護する側の気持ちや、認知症というものの現実などお話しできたらと思います。

この記事をマイページに保存

\この記事をみんなに伝えよう/

ページ先頭へ