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2023.04.292020年12月14日
明治時代のネグレクトなら「自助」で解決していいのか
朝ドラ「おちょやん」違和感で思い出した菅首相の言葉
50代コラムニストの矢部万紀子さんによる、月2回のカルチャー連載です。「朝ドラ」に関する本も上梓するドラマウォッチャーの矢部さん。今回は、11月末に始まったNHK連続テレビ小説「おちょやん」をレビュー。ヒロインの子ども時代への違和感とは。
「おちょやん」は実在の女優をモデルにしたオリジナル作品
朝ドラ「おちょやん」が11月30日から始まりました。浪花千栄子(なにわ・ちえこ)さんという実在の女優をモデルにしたドラマです。
番組ホームページにある「物語」は、こんなふうに始まります。
<明治の末、大阪の南河内の貧しい家に生まれたヒロイン、竹井千代は小学校にも満足に通わせてもらうことができず、9歳のときに、道頓堀の芝居小屋に女中奉公に出される>
4話が終わった12月3日、NHKの前田晃伸会長が定例会見で、このドラマについて語ったとネットニュースが伝えていました。会長は、千代の子ども時代を演じる毎田暖乃(まいだ・のの)さんのことを「あれだけの演技ができる子役は見たことがない」と評価し、こう付け足したそうです。「親を蹴飛ばしていいのかという批判もあるが、ドラマですから」
なぜ働かない父親ではなく子どもが非難されるのか?
意外でした。確かに千代は、1話で父親を蹴飛ばしました。ですが、批判されるべきは千代ではありません、父親です。働かず、朝から酔っぱらい、「おー千代、酒や酒」などと言っているのです。千代は5歳で母親を亡くし、小さい弟の面倒、家事に加え、父親が営む小さな養鶏場の仕事までしています。父親はたまに稼いでも、生活費に充てるのでなく、自分の好きなように使ってしまいます。
「親なら親らしいこと、さらせ」。そう言いながら、千代は父親を蹴飛ばします。千代の強さを表すシーンです。それで父親も、やっとニワトリを売りに町まで行くことにしました。でも、それから10日も帰ってきません。「おなか減ったー」と繰り返す弟を連れ、千代は歩いて30分かかるお隣に卵を持っていきます。ご飯を食べさせてもらうためです。
見ながら頭で反芻していたのが、菅義偉首相の「自助、共助、公助、そして絆」という言葉です。千代は9歳にして、日々、「自助」をしています。でも父が帰らず、お隣に「共助」を求め、夕飯を食べさせてもらいます。でもそこで言われた「かわいそうに」のひと言で、「うちは、かわいそうやない」と啖呵を切って席を立ちます。この反骨精神がこれから彼女を助けていくだろうと想像させます。ですが、やはり千代はかわいそうだと思うのです。
お隣には同い年の男子がいて、学校に通っています。千代は、行けません。学校に行くには、「公助」が必要です。やがて父親は帰ってきますが、お金でなく再婚相手だという女性を連れてきます。この女性も家事をしません。千代が学校に行くには、誰かが「育児放棄」「児童労働」で通報するしかない。そういう状況なのです。
子どもが「自助」を強いられている状況が楽しめなかった
以上はすべて、現代の視点です。浪花さんは晩年、自伝を出していて、そこには父が行商に行っている間、弟の面倒を見ながら一日中留守番をし、家事をしていたと書かれているそうです。NHKは「浪花さんの人生をモデルに、大胆に再構成したオリジナルドラマ」と説明していますが、とは言え、浪花さんのそういう人生が実際にあったわけで、今の視点で公助が必要だなどと論じることは、浪花さんに失礼かもしれません。そのことは承知しつつ、のんきに楽しむ気持ちになれないのです。
時代の変化ということなのだと思います。朝ドラには貧しい家から出て、何かを成し遂げるヒロインが多く描かれたました。その金字塔が橋田壽賀子さん脚本の「おしん」(1983年)でしょう。幼いおしんが奉公に出される、雪のシーンはとても有名です。「おしん」放送から40年近くたっています。世の中が、女性の権利というものに自覚的になっています。子どもの権利も同様です。
今の視点からは「正しくない」事態を、どう描くのか。「千代が父親を蹴る」という演出は、制作サイドの一つの答えなのだろうと思っていました。父の養育態度に違和感を持つ視聴者がいるとわかっていて、子どもからの反撃を見せた、と。ところが公式ツイッターは、このシーンを「毎田さんのアドリブ」とつぶやいています。だとすれば、違和感を一番持ったのは、演じている本人ということでしょうか。
素人が、芝居の機微をあれこれ論じるつもりはありません。ですが、社会が守るべき人々が守られていない。そういうコロナ禍にあることで、私の違和感はますます募るのです。
千代の子ども時代は11日までで、14日から千代役は杉咲花さんにバトンタッチされます。千代という女性は、きっとたくましさを増していくのでしょう。父親を見返してやるんだ、千代。そんな気持ちで応援していく。それが今、私の考える「違和感のある朝ドラ」への向き合い方です。
矢部万紀子(やべ・まきこ)
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。「アエラ」、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、書籍編集部長。2011年から「いきいき(現ハルメク)」編集長をつとめ、17年からフリーランスに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)、『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』(ともに幻冬舎新書)
イラストレーション=吉田美潮
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