石見銀山 群言堂・峰山由紀子さんインタビュー
「私は主役じゃなくていい」群言堂を継いだ娘が見つけた“自分らしい役割”
「私は主役じゃなくていい」群言堂を継いだ娘が見つけた“自分らしい役割”
公開日:2026年05月18日
母の背中を見て育ち、群言堂を継いだ峰山由紀子さん。「私は主役よりサポートタイプ」と語ります。40代後半になり、親の老いを感じることも増えた今。それでも“楽しそうに生きる親”がいてくれるありがたさ、小さな町で暮らす豊かさについて聞きました。
峰山由紀子(みねやま・ゆきこ)さんのプロフィール
株式会社石見銀山生活文化研究所 代表取締役所長。群言堂・創業者である松場大吉・登美の次女。3歳から石見銀山で暮らし、高校入学を機に町を離れ、アメリカや関東での生活を経験した後、1999年「石見銀山生活文化研究所」入社。店舗スタッフ、企画担当等を経て、2023年より現職。保護犬でフレンチブルドッグの福ちゃんを登美さんにプレゼントした張本人でもある。
「楽しそうな大人」に囲まれて育った幼少期
群言堂がある石見銀山の大森町は、山に囲まれた小さな町。松場登美さんの次女・由紀子さんは幼少期からここで育ちました。
群言堂の活動が広がり始めた頃、松場家にはいつもいろいろな人が出入りして、町の人や仕事仲間、遠くから訪ねてくる人たち――家の中は、町の社交場のようだったといいます。
由紀子さんは、子どもの頃の食卓の様子をこう振り返ります。
「我が家は基本、家族だけでご飯を食べる日がほとんどなくて、いつも誰かが来ていて、大人が楽しそうに話していました。仕事の話もあれば、暮らしの話もある。大人たちが夢中になって語り合う姿を、子どもながらに見て、『大人って楽しそうだな』って思っていました」
母の登美さんも、まさにそんな大人の一人。やりたいことを見つけると迷わず動き、父・大吉さんと群言堂を立ち上げ、石見銀山での暮らしを形にしてきました。
群言堂の継承。でも「私は主役ではなくサポートタイプ」
由紀子さんが群言堂に入社したのは21歳のとき。会社に入ってからは、母のことを「お母さん」ではなく、周囲と同じように「登美さん」と呼ぶようになりました。
「会社に入ってからは、母とはいえ社長なので。もうお母さんって呼んでいた時より、みんなと同じように『登美さん』って呼んでいる時間の方が長いんです。だから、あまり“お母さん”という感覚が強くないんですよね(笑)」
そして、社長として奮闘する母の姿を間近で見ながら働くうちに、自分の役割についても自然と考えるようになったといいます。
「母は”主役”の人。一方で私は主役というより、サポートで生きるタイプ。母みたいに、何かをぐいぐい引っ張っていくより、その横で支える方が、性格的にも合っている気がします」
母のように前に立って引っ張る人がいれば、その人を支える役割もある。会社はみんなが主役でも成り立たないし、支える人だけでも難しい。要はバランスでしうよね、と微笑みます。
老いても“主人公”でいる両親を見て思うこと
2022年、由紀子さんは三女の夫である忠さんと群言堂を引き継ぎ、会社の経営を担う立場になりました。長く関わってきた仕事ではありますが、継承という節目にはやはり思うところもあったと言います。
40代後半になった今、由紀子さん自身も、両親の年齢を感じる場面が少しずつ増えてきたそうです。
「もちろん、人間ですから老いてはいきます。でも、まだまだ彼らにとっては“自分が主人公”の時間が続いている感じがして。会社の代表としての役割は終わっても、父は今、代官芋の商品化に夢中ですし、母も刺し子プロジェクトやInstagramなど新しい取り組みを始めています。
そんな両親の姿を見るたび、自分が主人公でいる時間をちゃんと持っている限りは、きっと元気に動き続けるんじゃないかな、と思っています」
そして最後に、こう続けました。
「親が楽しそうって、本当にありがたいですよね」
小さな町の難しさと、それでも好きな理由

石見銀山の町は、人と人との距離がとても近い場所です。幼い頃から生まれ育ったコミュニティで、仕事もプライベートも近い人が多い。そのぶん、良いことばかりではありません。
「狭いコミュニティなので、難しいこともあります。小さい頃は古いしきたりも残る地域なので人の目もあったし、自分が親になったら今度は子ども同士のいざこざが起きたりもするし」
人との距離が近い町だからこそ、息苦しさを感じることもあったと言います。それでも、この町が好きだと由紀子さんは言います。
「この町は、住民の集まりであるというのが面白いところ。住民たちで、この町をよくしようという気運があります。とはいえ閉鎖的な雰囲気はなくて、観光客や移住する人も多いので、ウェルカムな雰囲気なんです。
町並みを歩いていても誰とでも気兼ねなく、「どこから来たの?」と自然に話が始まったりするのを見ると、ほっとします」
そして、この町には日常の中の小さな楽しみもあります。
例えば初夏の蛍。
「蛍の季節になると、ちょっと外に出て裏手の川に家族で見に行きます。すごくキレイで、うっとりしてしまいます。で、ふと隣を見ると、ご近所の家族も蛍を見に来ている。
ああ、同じようにこの美しい瞬間を楽しもうと感じる人がこの町にいるんだと思うと、いいなあってグッとくるんです。この町は、そういう何気ない時間がすごく豊かなんです」
人とのつながりや、日常の小さな出来事。そんな時間の中に、この町の豊かさがあるのだといいます。
「この町が好き。その思いを胸に、私は私らしく、新しい群言堂の次のフェーズに進んでいけたらいいなと思っています」
「足元の宝」は、娘の中にも受け継がれて
登美さんが大切にしてきた「足元の宝」を見つめる感性は、知らないうちに由紀子さんにも受け継がれているのかもしれません。
やりたいことを思いきり形にしていく登美さん。
その歩みを支えながら、自分の役割を見つけていく由紀子さん。
主役になる人もいれば、誰かを支えることで輝く人もいる。
「母と同じ“主役”じゃなくていい。私は私のやり方で、自分の人生をちゃんと楽しんでいけたらいいなと思っています」
そう語る由紀子さんの穏やかな言葉には、“自分らしく生きること”の信念が、静かににじんでいました。
「遊ぶ広報」で自分らしい生き方・働き方探し

『遊ぶ広報』は、暮らすように13泊14日でまちに滞在しながら、町の魅力をSNS発信すると7万円の滞在費が補助されるというプログラム。石見銀山を擁する島根県大田市では、6月以降に募集開始の予定があるそう。
取材・文=長倉志乃(HALMEK up編集部) 撮影=林 ひろし





