石見銀山 群言堂・松場登美さんインタビュー【前編】

「60歳までは予行演習」76歳・松場登美さんが語る“人生後半が楽しくなる理由”

「60歳までは予行演習」76歳・松場登美さんが語る“人生後半が楽しくなる理由”

公開日:2026年05月18日

「60歳までは予行演習」76歳・松場登美さんが語る“人生後半が楽しくなる理由”

「人生後半、これからどう生きればいいのだろう」。そんな不安に、「石見銀山 群言堂」の松場登美さんは「60歳からが一番面白い」と語ります。若さに執着せず、“足元の宝”を見つめて暮らす――人生後半を満ち足りた日々にしていくヒントとは?

松場登美(まつば・とみ)さんのプロフィール

1949年、三重県生まれ。81年に夫の実家がある島根県大田市大森町(石見銀山)に帰郷。98年、株式会社「石見銀山生活文化研究所」を設立し、アパレル事業とともに、古民家再生に取り組む。98年に築200年以上の武家屋敷を買い取り、改修に着手。2008年から「暮らす宿 他郷阿部家」として宿泊を受け入れている。

60歳までは予行演習。肩の荷を下ろして見えた景色

60歳までは予行演習。肩の荷を下ろして見えた景色

「人生はね、60歳からが一番輝く時代だと思うんです。それまでは、いわば予行演習みたいなもの。そこから先が、本当の本番なんじゃないかしら」

そう言って朗らかに笑うのは、石見銀山で「復古創新」の精神を掲げるブランド「石見銀山 群言堂」を立ち上げ、デザイナーとして活躍してきた松場登美さん。

今年77歳を迎える登美さんですが、最近、自身の暮らしに大きな変化がありました。長年背負ってきた経営のバトンを、次世代に引き継いだのです。

「そしたらね、継承した次の日、人生で初めて寝坊してしまって」

毎朝8時45分の朝礼に立ち続けてきた日々。一度も遅れることのなかった登美さんがふと目覚めると、いつもより遅い時間でした。

「そのとき、『ああ、私、社長としての責任をずっと背負ってたんだな』って初めて気づきました。長年情熱を注いできた仕事を手放すのは簡単ではないし、人に任せるって難しいものですよね。私にも、心にぽっかり穴が開いたような時期がありました」と当時を振り返ります。

でも、そんなとき、娘・由紀子さんのすすめで登美さんは保護犬を飼い始めます。犬との暮らしが、新しい世界への扉も開いてくれました。 

「犬との日々をインスタグラムに綴り始めたら、ハマっちゃって。新しい出会いも増え、犬のグッズを考えてみたり、いろんなアイデアがまた湧き始めました。ワクワク暮らしていると、手放して空いたスペースに、また新しい『夢中になれるもの』が入ってくる。そう思うと、年齢を重ねるのが楽しみになっていったんです」

60歳までは予行演習。肩の荷を下ろして見えた景色
登美さんの愛犬「福ちゃん」

“よそ者”だった私が、石見銀山で「足元の宝」に気づくまで

“よそ者”だった私が、石見銀山で「足元の宝」に気づくまで

今は軽やかに笑う登美さんですが、かつては都会から来た“よそ者”でした。

夫・大吉さんの故郷である石見銀山に戻ったのはバブル期の直前。当時の町は今のような活気はなく、長く人が住まなくなって廃墟のような家が点在する静かな場所でした。

「若い人は都会へ出て行き、田舎特有の人の目もある。そんな暮らしの中でも、四季折々の自然や昔ながらの暮らし……そんな日常が私にとっては幸せで心が満たされるものでした」

山や川、古い家並み、澄んだ空気。当たり前にある景色の中に、登美さんは「宝」を見つけます。それらを磨き上げるように「石見銀山 群言堂」を成長させてきました。

「外ばっかり見ていると、足元にある宝に気付かないもの。前を向くのもいいけれど、迷ったときはまずは自分の足元を見てみる。すると意外と、次の一歩を踏み出すヒントが隠れているものです」

特別な何かを外に求めるのではなく、今、自分の手が届く範囲にあるものを愛おしむ。その積み重ねが、今の登美さんの清々しさを形づくっています。

「飛べない」と思い込まない。クマンバチのように自由に

「飛べない」と思い込まない。クマンバチのように自由に

「自分で限界を決めないことも大事」と登美さん。そんな考え方を象徴するように、よく口にするのが“クマンバチ”の話です。

「ノミは、不可能の虫。クマンバチは可能の虫なんですって。

ノミは、入れられた器に蓋をされると、その高さまでしか跳ばなくなってしまう。本当は飛べるのに、環境に合わせて限界を決めてしまうんですね。でも、クマンバチは違います。体が大きくて羽が小さいから、本来なら飛べないはずだと言われているけれど、本人はそんなこと知らないから自由に空を飛んでいるの。

『できない』と思ったら、本当にできなくなる。クマンバチのように、最初から限界を決めずに、やってみたいと思ったらやってみる。それでいいんじゃないかしら」

60代、70代も変化し続けることこそ、生きている証

60代、70代も変化し続けることこそ、生きている証
新居の書斎スペースで執筆活動中の登美さん

これからの人生について尋ねると、登美さんは目を輝かせてこう言いました。

「長生きしたいというよりね、80歳の自分を見てみたいんですよ。どんな暮らしをして、何を考えているのか。90歳になったら、どんな自分になっているんだろう……って。それが楽しみで仕方ないんです。

やるしか無いと覚悟すると何とかなるもの。私自身も、インスタグラムや執筆活動など、どんどんチャレンジして変わっていくのが楽しみです。もし失敗したら? またやり直せばいいだけよ」

過去の成功や現在の役割に固執せず、常に「今とその先」を見つめるその姿勢。その根底には「少しでも成長しなければ、人間生きている意味がない」という信念があります。

60歳からが本番。 登美さんの言葉は、人生後半を「衰え」ではなく「ますます変化を楽しむステージ」へと鮮やかに書き換えてくれます。

60代、70代も変化し続けることこそ、生きている証

登美さんと福の日々を綴ったエッセイ。『とみとふく: 76歳、古民家ひとり暮らしの登美さんと、保護犬フレンチブルドッグ福の幸せな日々』(小学館)
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取材・文=長倉志乃(HALMEK up編集部) 撮影=林 ひろし


HALMEK up編集部
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