「珠玉のインタビュー」人選&あらすじ|一覧
2023.02.032023年02月28日
随筆家・山本ふみこの「だから、好きな先輩」01
昭和の大女優・原節子さんの丁寧な身のこなし
「ハルメク」でエッセイ講座などを担当する随筆家・山本ふみこさんが、心に残った先輩女性を紹介する連載企画。今回は、女優の原節子さんです。原さんの美貌はもちろん、暮らしの中で見られる、ほっと安らぐ身のこなし……。その魅力に迫ります。
好きな先輩「原節子(はら・せつこ)」さん
1920−2015年 女優
映画「わが青春に悔なし」(1946年/黒澤明)「お嬢さん乾杯!」(1949年/木下惠介)「青い山脈」(1949年/今井正)「晩春」(1949年/小津安二郎)「東京物語」(1953年/同前)ほか出演作多数。
何も起こらない日常…でも懐かしくてたまらない
戦後数年の大阪です。
まがりくねった路地の先にある長屋。親の反対を押し切って結婚し、それから五年たった夫婦の、そこは住まいです。うつくしい妻は、狭い台所で煮炊きし、蛇口を開け閉めしながら、ふと思います。
「希望や夢はどこいったんだろ」
夫はそんな妻のこころを気にとめるふうでなく、顔を見るなり、「腹減った」が口癖になっています。
原節子(はら・せつこ)の映画を観たくなって、旧作を扱うレンタルビデオ店に足をのばしました。有名な小津安二郎(おづ・やすじろう)監督作品に手をのばしかけ、成瀬巳喜男(なるせ・みきお)監督の『めし』を選びました。
このとき何を考えたか。日常生活のただなかで逡巡(しゅんじゅん)する、原節子の表情を見たかったのかもしれません。『めし』には、その印象があったのです。こうしてひとり、居間のテレビの前に坐りました。
あっと驚くような事件など起こりはしない……。にもかかわらず、モノクロの映像がこちらの胸をつかんではなさないのは、この時代の暮らしぶり、ものの云(い)い方、身のこなしがなつかしくてたまらないからでしょうか。
暮らしはひとのため息や悲しみを抱えこみ、ものの云い方、身のこなしにいたってはていねいで、どこもかしこも少しも効率的ではありません。効率的ではないけれど、ほっと安らぐものが生まれていることに思わず、どきっとしました。
丁寧な身のこなしをちょっぴり真似してみて…
女優・原節子は美貌のひとです。けれど、その身のこなしは、美貌の上に、積み重ねた精神性の証しのように思われます。美貌は真似ることができないけれども、身のこなしは、ちょっぴり真似してみてもいいのではないかしら。
出先で洋品店の飾り窓に吊るしてあるネクタイを、夫にと思って見上げ、あきらめて行き過ぎ、でも、また歩みをもどして見返している。そんな身のこなしと、せつなげな表情に包まれて、抜き差しならぬひとときを過ごしました。
映画をよすがに大切なものを思い返しているわたしは、こうも思っています。
原節子が1963年頃に女優業を引退した理由とか、亡くなるまでの暮らしの様子とか、それはわたしの与り知らぬこと。
詮索する暇があるのなら、成瀬監督のでも、小津監督のでも、原節子の映画を観て、そこに描かれている風情を思いだしたいじゃありませんか。
随筆家:山本ふみこ(やまもと・ふみこ)
1958(昭和33)年、北海道生まれ。出版社勤務を経て独立。ハルメク365では、ラジオエッセイのほか、動画「おしゃべりな本棚」、エッセイ講座の講師として活躍。
※この記事は雑誌「ハルメク」2016年5月号を再編集し、掲載しています。
>>「原節子」さんのエッセイ作成時の裏話を音声で聞くにはコチラから
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