映画レビュー|「52ヘルツのクジラたち」
2024.02.282021年08月09日
ケリー・ライカート監督映画「ウェンディ&ルーシー」
「年を重ねる」を「素晴らしく」するのに必要なことは
おすすめのエンタメ作品を紹介する矢部万紀子さんの連載、今回は映画「ウェンディ&ルーシー」です。日本では知る人ぞ知るアメリカ人女性ケリー・ライカ―ト監督の作品ですが、映画「ノマドランド」と比べて見えた、「素晴らしい年の取り方」を考えます。
知る人ぞ知るケリー監督の作品が上映中
シアター・イメージフォーラムという、渋谷の映画館に行きました。ケリー・ライカートというアメリカの女性監督の特集をしていて、過去作品4本が上映されているのです。最近、増えつつあると感じる女性の映画監督ですが、彼女は同世代だという紹介記事を読みました。これは行くしかないと即決、着いたら道に人があふれていて、始まったら満席でした。日本では初上映でしたが、知る人知る存在だったのですね。
私が見たのは、彼女の代表作とされる「ウェンディ&ルーシー」(2008年)です。ウェンディは若い女性で、ルーシーは中型犬。タイトルはのどかですが、描かれる世界は厳しいです。1人と1匹、古い車に寝泊まりしています。所持金はごく少なく、洗面はガソリンスタンドのトイレで。オレゴンの田舎町にいますが、そこは通過点。仕事がたくさんあるというアラスカを目指しているのです。
アラスカって、カナダのもっと北だよね? 仕事がたくさんあるって本当? 見ている方が心配になります。ウェンディは怪我でもしているのか、足首に包帯のようなものを巻いています。日に日に汚れていく様子が気がかりです。
迷子顔のウェンディとたくましいファーン
車で暮らす女性といえば、3月に紹介した「ノマドランド」と重なります。ですが、趣はだいぶ違います。「ノマドランド」のヒロイン・ファーンは61歳。「ホームレスでなくハウスレス」という彼女の言葉が、その心意気を示します。弱者を見捨てる社会に抗う気持ち、行く先々でお金を稼ぐたくましさ、両方を持っています。
ウェンディの年齢ははっきり描かれません。演じるミシェル・ウィリアムズは1980年生まれなので、制作された時は28歳です。ファーンに比べると、ウェンディはずっとふわふわしています。いつも迷子みたいな顔をしているのです。
ルーシーの餌が底をつきそうになると、缶拾いをします。でもほんの少ししか拾えません。次にしたのが、スーパーでの万引き。店員に捕まり、警察に連れて行かれます。罰金を支払ってスーパーに戻ると、つないでいたルーシーがいなくなっています。
実はそれより前に、車が動かなくなったのです。預けた修理工場に翌日行ってみると、エンジン全体がダメになっているから、廃車にした方が安上がりだと言われます。これとそっくりな状況が、「ノマドランド」でも描かれました。ファーンは姉に頼ることで、愛着ある車を救います。成功した夫がいる姉に、お金を出してもらったのです。
ウェンディにも姉がいます。携帯電話を持っていないので、公衆電話から連絡します。が、結局、車のことは言わないまま、電話を切ります。姉夫婦にもお金がないことを知っているからです。車は、手放す以外ありません。
「ウェンディ&ルーシー」はやるせない、でも希望もある
生きるつらさを一人で抱えているウェンディを見ていると、苦しくなってきます。「ノマドランド」も「ウェンディ&ルーシー」も、どちらもアメリカの格差社会を描いています。ですが、やるせなさは「ウェンディ&ルーシー」が上回るような気がします。ウェンディにかかわる人(スーパーの店員や修理工場の経営者)は感じがいいとはお世辞にも言えません。でも、自分の職務に忠実なだけで、実はウェンディと同じ側にいるとわかるから、感情の持って行き場に困るのです。
救いは、ルーシーを探す彼女の行動力です。実は賢く、コミュニケーション能力もちゃんと持っている。そういう女性だとわかるのです。そして一人だけ、ウェンディに親切な人が出てきます。朝の8時から夜8時まで立ちっぱなしで働く、駐車場の警備員。初老の彼とウェンディの会話は切ないものが多いのですが、別れのシーンは強烈なインパクトで私に突き刺さりました。その内容も含め、ウエンディのその後のことは書きません。ルーシーは見つかるのか。車を失い、どうするのか。
明るい終わり方ではありません。ですが、なぜか希望が感じられたのが不思議でした。なぜだろうかと考えるに、ウェンディの若さだと思いました。彼女はこれから、どんな選択でもできます。失敗しても、やり直せます。それが感じられるからだと思うのです。
年齢を重ねることは素晴らしい。そういう言葉をよく聞きます。そうだなと思いつつ、自分が年齢を重ねて思うのは、やはり若いって素晴らしいなということです。だから「年齢を重ねること」を「素晴らしいこと」にするには、やはり何かが必要なのだと思います。具体的な行動というより、安住してしまわないことではないでしょうか。物理的にではなく、精神的な意味で安住しないこと。ウェンディの最後から、そんなことを思いました。
ライカート監督は1964年生まれです。冒頭に書いたように、ヒットしています。東京での上映も延期され、これから全国で順次公開されていきます。よろしければ、ぜひ行ってみてください。
矢部万紀子(やべ・まきこ)
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。「アエラ」、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、書籍編集部長。2011年から「いきいき(現ハルメク)」編集長をつとめ、17年からフリーランスに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)、『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』(ともに幻冬舎新書)
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