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- エッセー作品「生は寄にして」中込佳子さん
「家族」をテーマにしたエッセーの書き方を、エッセイストの青木奈緖さんに教わるハルメクの通信制エッセー講座。参加者の作品から青木さんが選んだエッセーをご紹介します。中込佳子さんの作品「生は寄にして」と青木さんの講評です。
生は寄にして
父は明治45年(大正元年)生まれで平成26年に101歳の天寿を全うするまで、見事に頭脳明晰だった。
ただ惜しむらくは嚥下障害が案じられて食べる事と、もの言いが少し辛そうであった。
それでもよく冗談や頓智も働いた。
母が85歳で亡くなる数年前のこと、私が帰郷した折に母が東海道五十三次の宿場を言えるかと問うので、私は言った。
「振り出しの大江戸日本橋と終着の京都三条大橋。中次ぎは半分位かな?」と。
すると父は1つの間違いもなく順を追い言って、しかもキチンと紙に書いたそうだ。
母は面白半分試し半分で言ったそうだが、何の事はない父が見事に一枚上手だった。母は感心していた。
さらに父は歴代天皇の順番を初代神武天皇から当時平成の今上陛下まで淀みなく言えた。父が言うという事はこれもまた紙に書けるのだ。
一方、母はどうなのかと聞くと、初代から37代位までで詰まる。
そこで父に助け舟を出してもらい、また70代過ぎに決まって止まる。
再び助け舟を出してもらうが、12~13代続くともうどうしても言えず、いつもここで諦める由。
母は「お父さんには敵わないわ」と言い、私はその話を聞いてこれは尋常じゃないなと思った。
大正時代の小学生は皆、歴代天皇を諳(そら)んじていた のだろうか?
しかし80歳を幾つも越えた老夫婦の日常会話だと思うと妙に温もりを感じる。
母を送って10年。父がお世話になっている施設を訪ねた私の目にとび込んできたのは何と『遊んで学べる漢字の本』。
思わず吹き出してしまったが、兄か弟が持って来たに相違ない。
父が実際これを見たかどうか解らない。その本は今ここにある。
最後にふるえる手で父が書き残したメモを記しておこう。
誰か著名人が言った言葉だと思うのだが私にはそれが誰だか解らない。
“生は寄にして死は帰なり”。
父の絶筆となった故、いつも私の手帖の裏表紙に静かに収まっている。
青木奈緖さんからひとこと
お歳を召したご両親様の仲のいい会話が目に浮かぶようです。今作をご覧になってなつかしく思う方が大勢いらっしゃるのではないかと思います。私も昔、『平家物語』の冒頭の「祇園精舎の鐘の声……」とか『いろはにこんぺいとう』とか、一所懸命覚えた記憶があります。覚えたから何ということはありませんが、なぜか楽しい思い出ですし、今も口ずさめば楽しい思い出が蘇ります。
「生は寄にして死は帰なり」は中国、前漢時代の哲学書『淮南子(えなんじ)』の巻七、精神訓の中にあることばだそうです。お父様のお人柄を彷彿とさせることばですね。
ハルメクの通信制エッセー講座とは?
全国どこでも、自宅でエッセーの書き方を学べる通信制エッセー講座。参加者は毎月1回家族の思い出をエッセーに書き、講師で随筆家の青木奈緖さんから添削やアドバイスを受けます。講座の受講期間は半年間(参加者の募集は終了しています)。
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