随筆家・山本ふみこの「だから、好きな先輩」15

命がけで料理という宿命をこなした「小林カツ代」さん

公開日:2023.05.27

「ハルメク」でエッセイ講座などを担当する随筆家・山本ふみこさんが、心に残った先輩女性を紹介する連載企画。今回は、料理研究家の「小林カツ代」さんです。周囲の目を気にせず、料理を通して与えられた宿命をこなした小林カツ代さんの生き方とは…。

命がけで料理という宿命をこなした「小林カツ代」さん
イラスト=サイトウマサミツ

好きな先輩「小林カツ代(こばやし・かつよ)」さん

1937-2014年 料理研究家
大阪生まれ。料理研究家として出版した著書は200冊を超える。TVの料理番組や講演でも幅広く活躍。その実践的な方法論は、「家庭の味」「手でつくる味」のやさしい温かさに裏打ちされたもので、多くの人の支持を得た。

周囲の誤解も怖れず命がけで与えられた宿命をこなす

周囲の誤解も怖れず命がけで与えられた宿命をこなす

料理研究家小林カツ代にじかに会ったのは5回。仕事でそれはかないました。

「コマーシャルに出てるの、知ってるでしょ?」

と云(い)うのを聞いたのが3回めのときで(1995年)、小林カツ代がカレールウのCMに出演したときのことです。

「あれ、阪神淡路大震災で路頭に迷った動物たちのための資金をつくりたくてしたの。いろいろ云われるけどね」

そう話したときの冴え冴えとした笑顔はいまもわたしのなかに住みつづけています。このひとはすると決めたことのためには世間の無理解も、周囲の誤解も怖れてはいないのだと感じました。

もしかしたら、自分の命にも頓着していなかったのかもしれません。命がけで与えられた宿命をこなしたのではなかったでしょうか。

レシピが存在を伝える「カツ代さんのレシピ」

レシピが存在を伝える「カツ代さんのレシピ」

「小林カツ代」という不世出の料理研究家のはじまりは、こんなふうでした。製菓材料の卸問屋「浅野商店」のこいさんとして育った小林カツ代は、結婚するまで料理をしたことなどなかったのです。新婚初日、朝ごはんの味噌汁をつくろうと、早起きして台所に立ち、どうしたと思いますか?

水に味噌を溶いたら、味噌汁ができると思っていたのですって。しかも具は塩わかめです。だしをとることも、塩わかめを塩抜きして細かく切ることも、味噌をぐつぐつ煮立ててはいけないことも、知らなかったと云います。

うれしいじゃありませんか、このスタート。でも、ここからがすごいのです。翌日早速わかめの味噌汁に再挑戦し、魚屋さんに通って魚のおろし方を教わり、大好きな洋食屋のカウンターから身を乗りだして観察し……。

こうして料理研究家の道が拓けてゆきました。カツ代さんのレシピのおかげでわたしたち台所の担い手は、やる気になったり、楽においしいもんをつくれるようになったり。たいそう影響を受けました。

ごくたまに、わたしがひどくおいしいものをこしらえて食卓にのせますと、いまでも娘たちが「あら、これ、小林カツ代さんのレシピ?」と云うんですよ。生きて動いているカツ代さんを見られないのはさびしくてたまらないけれど、レシピが生き生きと存在を伝えつづけてくれます。

きょうは、おそわったコロモに紅生姜を混ぜこんだ天ぷらを揚げようと思います。

随筆家:山本ふみこ(やまもと・ふみこ)

随筆家:山本ふみこ(やまもと・ふみこ)
撮影=安部まゆみ

1958(昭和33)年、北海道生まれ。出版社勤務を経て独立。ハルメク365では、ラジオエッセイのほか、動画「おしゃべりな本棚」、エッセイ講座の講師として活躍。

※この記事は雑誌「ハルメク」2017年7月号を再編集し、掲載しています。


>>「小林カツ代」さんのエッセイ作成時の裏話を音声で聞くにはコチラから

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山本ふみこ

出版社勤務を経て独立。特技は何気ない日々の中に面白みを見つけること。雑誌「ハルメク」の連載やエッセー講座でも活躍。

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